見出し画像

時の彼方で ~第6章・葉月(はづき)~

「先輩っていつ見ても格好良いなぁ」
「葉月、また先輩見てるの?いい加減、告っちゃったら?」
「えーーーっっ!絶対、私なんて無理だよ~~~!」

私、葉月。高校1年生。入学したその日に運命の人と出逢ってしまった。大好きな先輩は二つ上。サッカー部のキャプテンで超人気者。身長は182cm。とにかく脚が長くてめっちゃイケメン。笑顔が爽やかで、声が渋い!運動も出来るのに成績優秀。きっと大学も推薦で行くんだろうなぁ。たった3ヶ月だけど、友達や先輩の情報網を駆使して、彼女がいないのは確認済み。でも夏前には部活もう引退なんだって。

あー、こんなに素敵な人が自分の彼氏だったらなぁ。もし彼女がいなくたってライバル多し。私みたいに平凡で何の取り得もないような子、好きになってくれるはずないしね。でも、先輩を思う気持ちは誰にも負けないのだ!先輩は気づいてないと思うけど、試合だって毎回こっそり隠れて見に行ってるし(とは言ってもまだ5回くらいだけど)、お家だって突き止めているのだ!(ヤバイ、私ストーカーじゃん)

先輩は、入学式の時に部活の紹介で壇上に上がってきた。私は背が低いのと、苗字が「あ」から始まるので1番目の席だった。先輩が現れた時、あまりに格好良くて爽やかでステキ過ぎて、過呼吸になりそうなくらいドキドキして息が吸えなかった(あれ?それって過呼吸じゃなくない?まっいっか)。

それから早3ヶ月。スパイのように先輩を陰から見つめ、情報屋の友達に頼んで名前やクラスを調べてもらって、とうとう先日お家まで突き止めたのだ!休みの日とか、もしかしたら先輩に会えるかもしれないと、ご近所をウロウロしてみた。もし先輩に会ったら、偶然を装い「あれ?先輩じゃないですか?どうしたんですか、こんな所で?」って決め台詞まで考えている。

私の家は、先輩のお家から電車と徒歩で約1時間。でも、偶然近くに友達が住んでいる事にして、話してバレるとまずいので、ご近所のコンビニとかスーパーも調査済み。先輩の行きつけの本屋もしっかりチェック。本屋は毎回立ち寄って(もしかしたら先輩に会えるかもしれないし。そしたら、背の高い先輩に上の方にある本を取ってもらうのだ)

『ふふ、君の背じゃ届かないよ。俺が取ってやるよ。ほら』
な~んて言ってくれて、本を受け取る時に手がちょこっと触れちゃったりして、「あっ」って恥ずかしそうに本を落としたりするのだ。そしたら、先輩が
『本、落とすなよ』
って拾ってくれて、頭をポンポン…。ぎゃー、そんな事になったら気絶する!

でも…まだ1回も先輩に会った事がない。部活がないお休みの時は、何してるんだろう?お友達と出掛けているのかな?そうだ!サッカーのルールもよく知らないから、本でも買って真剣に勉強するかな。先輩が好きな事は何でも知っていたいし、知ってなくちゃ彼女にはなれんでしょ!よし!本を買おう。

次の日、学校に行くと友達が息を切らして走り寄ってきた。
「葉月!聞いた?」
「え、何を?」
「先輩だよ!先輩、大学に行かないでサッカー留学しちゃうんだって!」
「え…」
「海外に行っちゃうんだよ!もう会えなくなっちゃうよ!」

そんな…。夏の引退試合が済んだら、休み始まってすぐに下見で外国に行くらしい。夏休み中はずっと向こうに行って、3月の卒業と同時に3年くらい行っちゃうらしい。
「嘘でしょ!」

だって、まだ私の顔も名前も覚えてもらってないし(そもそも陰で見てるのも気づいてないだろうし)、LINEだって交換してないし、何よりも告ってないっっ!3年も外国に行っちゃったら、きっと金髪の彼女、連れて帰ってくるに違いない。だって、先輩は海外の人から見たって絶対に格好良いもん!

「どうしよう?どうしよう?」
独り言のように呟いてたら、友達がいともあっさりと
「告っちゃいなよ!引退試合の後に!」
ちょっとぉー、そんな簡単に言うけどそんなこと出来るわけないじゃん。出来たらこんなに悩まないよ。でも金髪の彼女に取られたくない!どうしよう?でも、引退試合はもうすぐ…。


そんな事をあれこれ悩んでいたある日。休日に先輩に会えたら良いのになぁ~。先輩のお家のご近所をトボトボ歩いていると!なんと!先輩がアノ本屋さんに入っていくではないか!やったー!急いで後をつけ本屋に入って行くと…そこには黒髪の美女がいた。先輩は彼女の名前を呼び、彼女は笑顔で手を振る。先輩の名前を呼び捨てにし、親しげに肩に手を置いた。先輩もまんざらでもない顔をして微笑む。2人で内緒話のように顔を近づけ、楽しそうに何か話してる。

私はそれ以上、2人を見ていられなくて本屋をそっと飛び出した。彼女…?いや、お姉さんかも。待って。先輩にはお姉さんや妹はいなかったはず。弟が1人。もしかしたら、従姉妹かも。いとこ同士だったら名前を呼び捨てにしてもおかしくない。でもいとこ同士で、あんなに仲良さそうに本屋で待ち合わせなんてする?お互いにどっちかの家に行けば良いんじゃない?もしかしたら同級生?でも、普通の同級生ってだけだったら、あんなに顔を近づけて話したりする?やっぱり………彼女………?

こぼれそうになる涙を抑えながら、私は電車に乗った。友達にLINEしようかと思ったけど、電車の中でワンワン泣くのは恥ずかしい。今、慰められたら家まで帰れない。帰るまで我慢しよう。彼女はいないって情報だったけど…きっと今まで上手く隠していたんだ。あんなイケメンで、理想の彼氏を全て持ち併せたような人に彼女がいない訳がない。

そんなこと分かっていたはずでしょ、葉月。1人で妄想して、1人で騒いで…バカみたい。たった3ヶ月ちょっと。大した傷じゃない。そうよ。アイドルの追っかけみたいなもんだもん。学校で見なくなれば、きっとすぐに忘れる。2年生にも結構カッコイイ先輩いたし…。憧れのアイドルに彼女が出来たら、すぐ次の対象を見つければいい。いつか渡そうと思って作ったお守りも、友達に頼んで隠し撮りした画像も、みんな捨てちゃえばいい。

そんなことを考えながら駅までの道を歩いてたら、知らないうちに涙がポロポロこぼれていた。どうして私じゃないんだろう。どうしてもっと早く先輩と出会えなかったんだろう。どうして好きになったんだろう。どうしてこんなに苦しいんだろう……。

先輩じゃなきゃ嫌だ。先輩じゃなきゃダメ。先輩じゃなきゃ……。


結局、その日は友達にLINEして慰めてもらって、目が開かないくらい泣いて…でも、先輩の画像は削除できなくて。次の日に仮病使って学校休んじゃった。夏休み前の最後の引退試合も行けなかった。明日は終業式。毎日泣いてたので、目が腫れてずっとブサイク。こんな顔で先輩に会えないし、会ったとしても彼女がいる人。私の初恋は、あっけなく終わってしまった。


終業式は、校長先生の長い話にうんざりだった。教室に戻ってもらった成績表が思ったより良かったのがせめてもの慰め。先輩を思って苦手な数学も結構頑張ったからなぁ。2学期はきっと最悪だな。もう頑張れそうにないし。英語も長期休みになったらバイト代を貯めて、先輩の留学先に遊びに行けるように頑張ろうと思ってたけど…それも、もう必要ないし。何だか何もやる気なくなっちゃった。あんなに毎日キラキラ楽しかった学校生活が、一気にモノトーンの味気ないものになっちゃった。夏休み過ぎたら先輩のこと忘れられるのかな。


「えっ!」
廊下の向こうから先輩が来る!待って待って。ヤバイ。このまま顔を合わせるなんて出来ないよ。どっか他の教室…やだー、全部、鍵かかってるじゃん!どうしよ…。

『あ…ね。君!』
下を向いて目を合わせないように通り過ぎようと思っていたのに、先輩が私に声をかけてきた。
『1年生だよね?』
「あ…はい」私は上を向かず、蚊の鳴くような声で答えた。
『勘違いだったらごめん。いつも試合、見に来てくれてたよね?』
(!!!)(どうして?なんで知ってるの?バレてた?)
答えに戸惑い、うろたえていると
『この間、引退試合があったんだけど…』
(知ってます!知ってたけど…行けるわけない。先輩の姿見たら絶対泣いちゃうし)


「はい…知ってます」
『具合でも悪かった?』
「い…いいえ…あの…いや、何でもないです」
『俺、ちょっと期待しちゃったんだけど。君が来てくれるかなって』

(ええっっっ?)(今、何て言った?)(私が来るの期待してたって言った?)(幻聴?)(彼女いる人がそんなこと言うわけないよね?)(どういう意味?)(妄想もここまで来るとヤバイ)(なんでなんで?)

私は、自分の心の声が先輩に聞こえていないか心配になって、口を手で押さえて…あっ、ここじゃない!頭で考えてるから頭を押さえるのか?いや、心の声だから心臓を隠すのか?

先輩はちょっとビックリしたような変な顔をしたけど、すぐにいつもの笑顔になって
『あのさ、良かったらLINE教えてくれる?』
先輩はちょっと照れくさそうに言いながら、ポケットの中からスマホを取り出した。
(LINE?スマホ…スマホ…どこだっけ?)(なんで?)(彼女がいるのに…あっ、彼女!)

「先輩!」
もう頭の中が真っ白になって何にも考えられない状態なのに、口をついて出た言葉が
「彼女さんは?」の一言だった。

『彼女?』
「あ、あの…本屋さんで偶然、見かけたんです。髪の長い美人さんを」
『え…?本屋?ああ!俺の家の近くの?』
「はい、そうです。コンビニの隣の…」(ハッ!ヤバイ!口が滑った)
『アイツは中学の同級生だよ。幼稚園から一緒の幼なじみ。家族ぐるみで付き合いがあって、もう兄妹みたいなもんかな。どうしてそれを知って…』
「先輩!待ってても良いですかっ?」(!!!)先輩に理由を聞かれたくなくて、とっさに口に出てしまった。

しばらくの沈黙の後、先輩はちょっと横を向いて頭を掻きながら話し出した。

『俺、卒業したら2年間海外にサッカー留学に行くんだ』
(うん、知ってる)
『せっかく行けるチャンスが出来たから、向こうでは目一杯サッカーに専念したい』
(そうですよね…)
『でも…君のこと、もっと知りたい』
(うんうん。私なんて眼中にあるわけ…)(へっ?)
『だから、友達からお願いします。向こうに行くまで半年あるし。とりあえずこれからご飯でも食べに行こうか?』


その後は、もう覚えているような、いないような。一緒に入ったファミレスのパスタの味も覚えてない。でも私のスマホには先輩の連絡先が入っている。夢じゃないんだね。いつか先輩の彼女になれたら良いな。もっと私を知ってもらって、先輩のことも知って。友達としてお互いの信頼関係ができたら。大人になって…いつか時の彼方で結ばれたら…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?