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[Vol.3] 心理学で活用できるデータサイエンス:人が相談をためらうのはどうしてか

立正大学心理学部臨床心理学科 教授 永井智

■心のはたらきをデータで分析する
 「データサイエンス」と聞くと理系の学問のようなイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、人の心を扱う心理学の世界でもデータはとても重要です。心を数量的に分析することで、我々がよりよく生活していくためのヒントを得ることができます。

 ここでは「悩みの相談 (心理学では「援助要請」と呼びます)」を例にご説明します。皆さんは、困ったり悩みごとがある時に人に相談をしますか?世の中には、困ったことがあっても、人に相談をためらってしまう場面が多くあります。うつ病など心の病気になってしまっても、精神科医やカウンセラーに相談できない、様々な生活上の困難があっても、福祉サービスへ相談できないといった深刻な事例では、こうした問題が特に重要です。
では、人が相談をできない理由は何なのでしょうか。例えば、「相手に嫌なことを言われるのでは」「悩み秘密にしてもらえないのでは」といった不安があるのかもしれない、といった理由が思いつくかもしれません。では、色々思いつく理由の中で、実際にどんな理由が相談をする-しないに関連しているのかを明らかにする際に、データの分析が役に立ちます。

心についてのデータを分析する
 データ分析の例として、とある実際の心理学の研究の一部を要約してご紹介します。この研究では、大学生約700名を対象にアンケート調査を行いました。
 アンケート調査では、相談に関する様々な質問を尋ねます。まず、「もし、自分では解決できないような悩みごとがあったら、友だちに相談すると思いますか (援助要請意図)」を尋ねます。次に、相談できる-できない理由として考えられそうなことについての質問をします。例えば「相談をしても、相手に嫌なことを言われる (否定的応答)」「悩みを相談しても、それを秘密にしてもらえない (秘密漏洩)」といった、相談をすることによる嫌な結果や「相談すると、悩みの解決法がわかる (ポジティブな結果)」のように相談することによる良い結果がどれくらいありそうかを尋ねるのです。こうすることで、それぞれの大学生が、どれくらい相談したいと思っているか、そして相談することでどのような良いことや悪いことがあると思っているのかについてデータが収集できます。

【図】アンケート項目の例

 データが集まったら、「共分散構造分析」という手法を用いて、「援助要請意図」に関連する要因を分析します。詳しい計算の方法はここでは省略しますが、大学生のアンケートへの回答傾向を数量的に分析することで、それぞれの理由が「援助要請意図」にどのくらい関連しているのかを明らかにすることができます。

 分析結果の一部を下の図に示します。分析では、援助要請意図に関連する変数から援助要請意図に対して矢印が引かれます (矢印の数値が何を意味するのかは、ぜひ大学で学んでください)。この結果を見ると、「否定的応答」や「秘密漏洩」からは援助要請意図に矢印が出ていません。一方、「ポジティブな結果」からは援助要請意図に対して矢印が出ています。つまり、友だちに相談しようと思うかどうかには、「相手に嫌なことを言われる (否定的応答)」「悩みを秘密にしてもらえない (秘密漏洩)」といったネガティブな要因はあまり関係せず、「悩みの解決法がわかる (ポジティブな結果)」といったポジティブな要因の方が関連しているということです。確かに、考えてみれば「相談することが役に立ちそうだ」というポジティブな意識がなければ、そもそも相談しようとは思わないはずです。この分析結果は、そうした可能性を示しています。
※ なお、実際の研究はアンケートも分析も、より複雑であり、援助要請意図には他にもいくつかの変数が関連することが明らかになっています。

【図】援助要請意図との関連に関する分析結果の抜粋

データサイエンスを心の健康へ活用する
 もちろん人の心はそれぞれ違います。ですからこの結果は、あくまでも全体として見た場合に見られる傾向であり、実際には個人差もあります。個人差があるとはいえ、このような全体の傾向を知ることはとても重要です。なぜならば、この結果からは、「相談をしても、相手は嫌なことを言わないよ、悩みをばらしたりしないよ」といったネガティブな要因に注目したメッセージよりも、「相談することは助けになるよ」というポジティブなメッセージを伝えた方が、より効率が良い可能性が高いからです。
 実際に研究の結果を現実に役立てるには、さらに多くの研究が必要ですが、このようにデータを使って人の心を分析し、どのような意識が互いに影響・関連し合っているかを明らかにすることで、我々がよりよく生活していくためのヒントを得ることができるのです。

引用:永井智・鈴木真吾 (2018). 大学生の援助要請意図に対する利益とコストの予期の影響 教育心理学研究, 66, 150-161