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[Vol.5] 企業におけるデータサイエンティストの役割

立正大学データサイエンス学部データサイエンス学科 教授 伊藤善夫

■ データサイエンティスト
 「データサイエンティスト」という職業をご存じでしょうか。今、多くの組織では、組織が保有する、あるいは外部で利用可能な大量のデータから意味をくみ取り、組織の活動に役立てようとしています。政府や地方自治体、病院や学校、そして企業といった多くの組織が、データに隠されている意味を見つけ出し、それをうまく使おうとしているのです。データサイエンティストは、データの中に、組織が必要としている意味を探し出し、活用する仕事を担っています。

 データサイエンティスト協会の2020年度の日本の企業を対象とした調査によると、すでに62%の企業でデータサイエンスに関する専門部署を有しており、今後設置を予定・検討している企業と併せると75%にもなります。また、今後3年間で採用・育成したいデータサイエンティストに最も当てはまる人材像は、「データによるビジネス課題解決を得意とする人材」で全体の32%でしたが、昨年度の調査と比較すると9%下落しています。これに代わって大幅に伸びた人材像は、「複数の分野を俯瞰的にみてデータ分析の活用を戦略的に考えられる人材」の26%で、昨年度から8%増えました。日本企業では、データを使って直面する課題を解決することもさることながら、データサイエンスの活用方法を複眼的に考えることができる人材へのニーズが高まっています。

 実際の求人状況を見てみましょう。転職サイトの「doda(2021年5月26日現在)」によると、データサイエンティストの求人は、技術職としてのデータサイエンティストが732件、企画・管理職としてのデータサイエンティストが474件でした。技術職全体の18056件、企画・管理職全体の11548件に比較すると4%程度であり、相対的には多くないようにも見えますが、それぞれの職種においてデータサイエンティストという職種が独立した職種として認識されていることは、特筆すべきことだと思います。そして、データサイエンティストが、理科系出身者が中心の技術職と文科系出身者が多いと考えられる企画・管理職で別々に認識されているのも大きな特徴です。それぞれの職種で、求められる能力には違いもあるようですが、データサイエンティスト協会の調査にもあった、「複眼的」な能力が求められていることを反映しているように思われます。

優れた経営者
 ところで、優れた企業経営者には、直観力と分析力が求められると言います。世の中に溢れる情報の中から、時代の流れの変化を直観的に捉えるとともに、分析的にこの変化を説明することで、自社の将来的な事業構想を打ち立てることが経営者の大きな役割だとされるのです。直観力は経営者自身の問題意識の高さと経験に基づいていますが、一人の人間が認識できる情報の種類や量には限界があります。インターネットが普及した昨今では、我々の身の回りには以前とは比べられないほどに増大した情報が溢れています。しかしこれまでは、認識しきれない情報は無駄に打ち捨てられていました。そこに価値を見出そうとする動きが、「ビッグデータ」という用語と共に様々なところで活発化しています。特にビジネスの世界では、ビッグデータからいち早く意味を汲み取り新たな事業を立ち上げる企業が、厳しい競争に生き残ると言える状況にあります。

 有名な事例ですが、オンラインで書籍を販売する事業を立ち上げたAmazon.comは、当初、書評家が書く書評をサイトで紹介していました。これが同社の競争力の源泉であったといいます。その後、同社創業者で最高経営責任者のジェフ・ベゾスは、社内で活用されずに打ち捨てられていた、各顧客の購買に関する情報、例えばどのような書籍にどれくらいの時間を費やし、結果購入したのかしなかったのか、あるいはそれと一緒に購入した書籍は何かといった膨大な情報、を活用することにしました。個々人の情報を集計し、「よく一緒に購入されている商品」や「あなたへのおすすめタイトル」といった情報を提供したのです。Amazon.comの実験では、「おすすめ」による売上増加は書評による売上増加よりも100倍も大きかったそうです。その後Amazon.comは、書籍以外の様々な商品の販売を手掛け、皆さんもご経験のとおり、日々「おすすめ」によって様々な商品を「カートに入れ」ているのです。本人の意図とは別に個人情報が活用されているという問題も指摘されていますが、明らかに新たな事業の方法を確立し、業界に君臨することを可能にしたと言えますね。

 ベゾス氏の事例から分かるように、これからの経営者にとって、時代の流れの変化を捉える際に、ビッグデータの中に隠された価値に注目することが重要なのではないでしょうか。世の中を漠然と眺めつつも、自社に関わるビッグデータを深く分析し、直観的に価値を見出すことが、これからの経営者の将来事業構想構築には欠かせないプロセスになると思うのです。

■ データサイエンティストの将来
 上に述べたとおり、これからの経営者には、ビッグデータから価値を発掘することが求められてきますが、ビッグデータを分析する技術を必ずしも経営者が有しているとは限りません。この分析過程を担う存在が、最初にお示したデータサイエンティストになると私は思います。つまり、データサイエンティストは、経営者の機能を補完する重要な職務を担うようになると思うのです。4分の3にものぼる企業が、データサイエンスに関する専門部署を設置または設置予定・検討していることからも、企業におけるデータサイエンティストの需要の大きさが分かります。さらに、技術職のみならず、元来経営者を補佐する役割を担う企画・管理職としてデータサイエンティストを募集していることからも、企業におけるデータサイエンティストは経営者のそばで仕えることが想定されていると言えるでしょう。そうした意味において、データサイエンティストは、経営者の将来事業構想構築を補佐する重要な役割を担うようになると期待しています。

【参考文献】
1. 一般社団法人 データサイエンティスト協会調査・研究委員会(2021),『データサイエンティストの採用に関するアンケート』.
2. 清水龍瑩(1999),『社長のための経営学』,千倉書房.
3. Mayer-Schönberger, V., and K. Cukier(2013), BIG DATA, Houghton Mifflin Harcourt Publishing Company(斎藤栄一郎訳(2013),『ビッグデータの正体』,講談社).