モノローグでモノクロームな世界

第十部 第一章
二、
 まだ副島が幼かった頃、祖父に『色』について尋ねたことがあった。

その時の祖父の驚愕と絶望が入り混じった表情も、父のこの世ならざる者を見たような凍り付いた表情も、母の腫れものに触れるようなよそよそしい態度も。

 忘れようとしても忘れることが出来なかった。

その時の何気ないその一言が、彼の日常を、そして、家族の人生を、あっけなく壊してしまった。
違うと父は言ってくれた。母も分からないと言ってくれた。
だが、どう考えてもそうとしか思えなかった。
 あの一言を言わなければ、死ぬまで祖父は、ナインヘルツの一研究員であっただろうし、あんな風にワームに協力をすることも無かっただろう。
政治や国、正義心や忠誠心よりも、彼は自分自身の謎に対する究明にのみ実直だった。
 そして、祖父がワームに協力をしなければ、両親も健在だっただろう。元々、祖父の恩恵を受けながら優雅な暮らしをしていた両親は、祖父がワームに転じて以降、職や住む場所を失い、ナインヘルツから祖父共々追われる身となり、逃亡先を転々とした挙句、遂に逃げ込んだサカイで疲れ果て死んでしまった。最後まで彼らは延々と祖父への呪詛の言葉を吐いていた。

 血筋の者が手を差し伸べた時には、副島しか残っていなかった。
だからこそ、彼の人生にはいつも後悔だけが付き纏った。元凶を創った自分だけが、何故、今こうして生き残っているのだろうかと。
のうのうと、壁の中に戻ってもいいのだろうかと。
 この職を選んだのは、両親を殺した祖父を憎んでの事だ。そして、祖父を誑かしたワームが許せなかったからだ。
だが、全ての元凶は、あの幼い頃の自分の一言だ。そんな自分が許せずに、彼はナインヘルツの中で命の危険と隣り合わせの仕事や危険な場所ばかりを志望し、職務をこなしてきた。その結果、ナインヘルツの上官にまで上り詰めていたのだから、何とも皮肉な話だ。

 副島は、今まで必死に色を感じないように振舞ってきた。それは、自分の置かれた立場の為でもあり、育ててくれた彼らに迷惑をかけない為でもあり、何よりも彼が最も憎むワームという存在と同一にならない為でもあった。
 やれることならば、何でもやった。
トリプル・システムの感情抑制コントロールは勿論の事、感情抑制に効果のある薬や心理的療法も行ってきた。その効果のお陰で、思春期を過ぎ、適性職業を選ぶ頃には、ナインヘルツの検閲官という職を選べる程に『正常』の数値となった。

 だが、彼の目は、嘘をつき続ける彼を責めるように、いつも彼の脳にありのままの現実の世界を映し続けた。
灰色の陰鬱な景色。
 皆が口を揃えて言うような、白く輝く美しい世界は、生まれてから一度も見た事が無い。
そして、最近の彼は、まるで魔法が解けてしまったように、昔よりも、より、色を強く感じるようになっていた。
 さっきの検閲の時もそうだ。
副島がレーダーに映る人影を正確に、瞬時に、判断して狙撃できるのは、彼の目が色を認知できるお陰だった。

『あんた、色が見えるんだろう?』
サカイに居た白衣を着た医師と思しき男が、そう副島に放った言葉が、彼の脳裏によみがえる。
男は、まるで彼を責めるようにこう続けた。
『よくそっち側に居られるな。』
彼は、果たして無事に生き延びただろうか。

「もう、そろそろ、潮時・・・・・・なのかもな。」
偽りの自分が出来ることは何だろうか。
この世界に対して、今彼が持っている唯一の武器は、祖父が書いた論文と真実を映すこの瞳だけだった。

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