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モノローグでモノクロームな世界

第十部 第一章
三、
 胸ポケットからサカイの闇市で仕入れた紙煙草を取り出すと、口に咥え、火を灯す。
紫煙を胸一杯に吸い込むと、散らばった思考が一つにまとまっていくような気がした。

 彼のトリプル・システムは、まるで持ち主の意向を汲んだように、副島自身がこれは身の危険だと感知すること以外は、判定が緩い。検閲官という立場上、特例措置が取られていることを考えても、多少の事態には、ありがたい事にデータ上『有耶無耶』にしてくれる。もしかしたら、祖父が彼の幼少時に彼のシステムに何らかの手を加えてくれたのではないかと考えた事もあった。

 検閲官やナインヘルツの高官達に与えられている特例措置。それに、データの改ざん。それらは、当然ながら以前からナインヘルツ内でも問題視する声が上がっていた。人々に規制をかける一方で、酒や煙草を始めとした嗜好品を独り占めする。副島がやっているのは、煙草ぐらいだが、中には、中毒に陥る程の酒の乱用や、果ては薬物類にまで手を出す者も少なからず居ると聞いたことがある。
 そんな彼らの主な入手ルートが、自分達が締め出したはずのワームが暮らすサカイの闇市なのだから、つくづく、人間は正しい事だけでは生きられない生き物なのだと実感させられる。

 かくいう副島もその恩恵を有難く頂戴し、検閲で訪れる度にサカイの闇市で、こうして紙煙草を買い、せっせと体に毒を取り入れている。
その有毒性が危険だと分かっていても、止められない。
検閲をしつつも、その恩恵に被る。
矛盾だらけの世界は、だが、今に始まった事ではない。

 毒と嗜好品。
そのアンバランスさは、壁の中には無い物だ。
壁の中の物は、良いか悪いかの二者択一だった。
 体内の毒は、いずれ副島自身を殺すかもしれない。
だが、それでもそうしなければ、真実が透けて見える世界を見つめながら、この世界をやり過ごすことが彼にはできなかった。
自分の中に、矛盾を取り込む。
それは、最初から善き者に成れなかった、彼の性なのかもしれないし、
ただ、中毒になっているだけなのかもしれない。
だが、彼の体内を廻り吐き出された紫煙は、一瞬だけ彼の視界から、灰色の醜い世界を消してくれた。
そして、副島は、そこに白く輝く嘘の世界の夢を描くことができた。
 たとえ偽物でもいい、安らげる世界を描くことができた。

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