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モノローグでモノクロームな世界 第二部 第二章 三

三、
 あの爆発の瞬間、李鳥が自ら私の手を離したのか。
それとも、私が自ら彼女の手を離したのか。
彼女がもし、私の手を離さなければ、彼女の遺体の様子から、今こうして私が無傷で生き残っていることはないだろう。
何故、私一人が助かってしまったのか。
否、何故、あの時、彼女は手を離したのか。
 それは、本当に爆撃の衝撃によるものなのだろうか。それとも、どちらかが手を離したのではないだろうか。
そして、それはどちらから、なのだろうか。
私にはその疑問に対する答えを持ち合わせていなかった。そして、この先一生、この問いと共に生きていかなければならない。

 いつからだろうか。
彼女が自らの死を望むようになったのは。
 李鳥と暮らし始めて半年程。その間に徐々に、だが、確実に彼女は壊れていったように思う。
東京に出てきた彼女は、都内の女子大へと入学した。最初の内は、楽しそうにキャンパスへと毎朝通っていたように私の目には移った。その内に、私も自らの学業や生活費を稼ぐためのバイトに追われ、気が付けば、週の何日かしか家に戻らない、そんな日々を送るようになっていった。

 そんな時だった。
その一報を受けたのは。
深夜のバイト中に突然、知らない番号から呼び出された私は、その足で、電話越しに告げられた病院へと慌てて駆け付けた。そんな私を待っていたのは、非常灯の灯りにぼんやりと照らされてぽつんと待合室のベンチに腰掛ける李鳥の姿だった。
 血の気の無い蒼白な顔。真新しい手首を押さえながら、顔になけなしの笑顔を作る彼女は、酷く疲れ切っていた。
「ごめんね、真飛。いつもなら上手くやるのに、失敗しちゃったの。」
そう言いながら無理矢理に笑顔を貼り付けようとする彼女の様子に、私はいたまれなさを感じ、ただ強く抱きしめることしかできなかった。

 一体、何が彼女をこうなるまで追い詰め、苦しませたのか。
私は結局、最後まで彼女の苦しみの意味も、その痛みも分かちあうことができなかった。
「この世界の何処まで行ってもね、私の物語を刻む場所は、もう残ってないの。」
そう話す彼女に、私は何と声をかけていいのか分からず、まるで逃げるように、更にバイトと大学に重心を傾けていった。
 どうすれば出会ったあの夏の日の夜のように、お互いを分かりあえる日々を取り戻すことができるのか。マニュアルも解説書も無いこの問題に対して、私は答えを導きだすことは愚か、考えることを放棄した。
単に、怖くて逃げだしたのだ。
なぜなら、私はこの時、気づいていたのだ。
 何でもない自分が、彼女を引き留めるような言葉を、幾ら自分自身の中に探したところで、そのような言葉の欠片すら持ち合わせてはいないことを。
そして、何より、その事を彼女にばれることが怖かったのだ。

 私はこの期に及んでも、まだ彼女にとっての『何か』になりたがっていた。

 李鳥に翼がモチーフのブレスレットをあげたのは、あの惨劇の一ヶ月前の彼女の誕生日だった。久しぶりに見た彼女の笑顔は、どこか儚げで、だが、とても美しく。
その笑顔は、初めて会った時のどこか無邪気な笑顔を作っていた彼女とは、全く違う笑顔で、その事に私は少しだけ悲しくなって泣いた。
泣いた私に対し、彼女はごめんね、真飛は悪くないよとだけ繰り返した。
「私の鳥の翼をあげられたら、真飛は無敵に飛べるのにね。」
 終わりが見えている関係程、悲しい物はない。
別れ話を切り出す彼女を私は黙って受け入れた。
明日には、ここを出て行くね。
そう話していた現実は、遂に来ることは無く、彼女は自らの物語を綴じた。

 あの時、あの爆風の中で、先に手を離したのは、
どちらであったろうか。

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