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モノローグでモノクロームな世界

第三部 第一章
二、
 入国審査官をしていると、実に様々な人間と出会うことがある。特に入出国が容易にできなくなった現代では、入国審査の許可を求めて様々なアプローチをしてくる者が後を絶たない。
 弁解をするならば、僕が彼らから得た物は、全て決して違法な物ではない。ただ中々国内に居ては手に入りづらい物だった。無声映画や紙の書籍、それらデッド・メディアと言われる物。嗜好品や我が国では入手が難しい外国の製品、中には自らの衛生ポイントを売る者もいた。無論、これらの誘惑を跳ね除け自らの誇りにかけて、厳正な入国審査を下す。それが正しい入国審査官という職に求められていることは解っている。僕も含めて。
ならば、なぜ、僕らはそんな求めに応じたのか。
 そう問われたならば、答えは一つだ。それはこの国がまるで巨大な鳥籠のように感じていたからに過ぎない。ブラックアウトの対象とならない限り、まず僕らがこの国を出ることは一生無いだろう。それがどんなに寂しいことか、どの位の人が果たして気が付いているのだろうか。この国を出る、出ないが問題ではない。この先、前を幾ら見ようとしても見えないこの世界に何の疑問を持たない事、それが問題なのだ。
 思えばマドカに出会うよりもずっと前から、僕は漠然とそんな風に考えていた。だが、その事は決して口にすることも、また明確に考えようとすることが無いように、気が付かない振りをして生き続けてきた。
 彼女と出会い、それがただ明確化になった。ただそれだけだ。

 サカイの闇市。
その言葉を聞いたのは、貿易を生業としていた男からだった。各国で集めた商品を古びたスーツケースに詰め込み、毎年決まった月に十月国に現れるその男は、僕に様々な国の話をしてくれた。
異国の様子や歌、言語を僕に教えてくれた男の声は、昔、僕にそういった話をしてくれた両親の姿を思い起こさせた。だからかもしれない。ある時、子供時代に好きだったある映画の話を彼にしたのは。
 サァカス小屋の羽根を付けた者達のあの映画の話。
翼を生やした少女と少年の淡く儚い恋の顛末。どこにでもありそうで、どこにも無いその映画に、幼い僕は夢中になって毎夜の如く、手製で作られたスクリーンに釘付けになっていた。
 モノクロのスクリーンの中で月が静かに彼らの影を映し出す。
白と黒の思い出の中で綴られる、色鮮やかな記憶の欠片。
自分の羽根を少年に贈り続ける少女の姿。
タイトルも制作年も役者も監督も、配給会社すら分からないその話の顛末が、僕にはどうしても思い出すことができない。
まるでもやがかかったように、覚えているのは淡いモノトーンの影だけ。
彼らの恋の結末がどうなったのかも、その話を何故知ったのかも。
僕は何一つ思い出すことが出来なかった。
・・・・・・マドカのスーツケースを開けるまで。

 「これじゃ、肝心の結末が分からないままじゃないか。」
白いスーツケースに残されていたノートには、マドカによるものだろうか、丸みを帯びた筆跡で、僕の記憶の中だけにあったあの映画のストーリーが書き記されていた。
彼女が何故、この話を知っていたのかも、何故、ノートに書き起こしたのかも分からない。だが、この時僕は思い出していた。
初めてマドカと出会った時、彼女がこう僕に対して言ったことを。

「待っていたの。」

貿易商を営む男がその映画の情報を持って来たのは、彼と出会って三度目の四月が訪れた頃の事だった。
そんな話の映画を昔作っていたと話していた男と、ナインヘルツで出会ったと。
彼は僕に告げた。
「もしも、この国を出る決意をする時が来たならば、その時はサカイの闇市を訪れろ。きっと、君の助けになってくれるだろう。」
何故、僕にそんな事を告げたのが彼に尋ねると、彼は冗談めかしてこういった。
「あんたはどこか俺に似た目をしている。」
「目、ですか?」
「あぁ。・・・・・・ここじゃない、どこか遠くを求めている目だよ。」


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