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モノローグでモノクロームな世界

第六部 第三章
一、
 ダームシティの特別列車。
それは、いつの頃からか、人々の間でこう噂され、呼ばれていた。
『ダームシティのゴースト・トレイン』
『ゴースト・トレインに乗れば、死んだ人間に会う事が出来る』、と。

 噂の真相は、嘘でもあり、また真実でもあった。
無論、現実的に死んだ人間が蘇るわけでも、幽霊として列車に現れるわけでもない。
どこか懐古主義的な装飾が施された黒い列車は、その装飾を除けば、地上の都市から都市を縦横無尽に行き来するメトロと変わらない。
 目的地から目的地へと人々を運び続ける鉄の箱。
地上のメトロと同じように、このゴースト・トレインもただ決められた同じ場所を走り、人々を目的地から目的地へと運び続ける。
 ただ、一つだけ決定的に地上のメトロと違う所があった。
それは、地上のメトロに乗り込む人々が、未来への目的のために利用するのに対し、ゴースト・トレインに乗り込む人々は、過去への目的のために乗り込む点だ。

 「本当に会えるんですか?その・・・・・・会いたいと思った人に。」
チケットを受け取った貿易商人の問いに、神代真飛は顔を上げ答えた。
「君の頭の中に、会いたい人の記憶がちゃんと残っていればね。」
そう話す真飛の顔を暫く見つめ返した後で、貿易商人は目を逸らしつつ、
小さな声で尋ね返した。
「もしも、記憶がちゃんと残っていなかったら?」
「像が結べない。ただの無が、君の前に現れるだけだ。」
「そんな・・・・・・。」
「何を隠そう、私がそうだったんだから、これは確かだ。
・・・・・・忘れていないつもりだったんだ。それなのに、私は、あの時も、いや、一緒に居た時からずっと、彼女を見ているつもりで、ちゃんと見ていなかったのだろう。
 段々、自分の中から消えていく彼女の記憶を、少しでも留めておきたくて、今まで様々なことを試みた。
彼女と同じ顔の人形を作り、私の記憶の中にある彼女を少しでも形にしておきたくて、その人形に、記憶のなかの彼女を植え付けた。
 だが、所詮、偽物は偽物だったのだろう。
皆、私の最期の願いを叶える前に、壊れてしまった。暴走だよ。
 ゴースト・トレインもそうだ。
私の頭の中にあった彼女の記憶を記録に残しておくために、造ったんだ。
虚像でもよかった。
シュードスコピック像でも、何でもよかった。
だが、皮肉なことに、ゴースト・トレインが出来上がった頃には、私の頭の中から彼女の記憶は、像を結べない程に薄れてしまっていたんだ。
 何故、人は大切な記憶すら失ってしまうのだろうか。
私は、もう前に進みたいなど願っていないというのに。」

「もしかして、アレグロ・バルバロはその人の?」
「あぁ。よく分かったね。」
「貴方は会うたびに、あの作品の事を尋ねてきたので、とても大切なものだったのだろうと。それに、あの作品の事を話している貴方の表情と今の貴方の表情はとても似ていましたから。」
「表情か・・・・・・。あの作品には、彼女が閉じ込められていると今でも私はそう想っているんだ。これは、私の希望かもしれないが。
空に飛びたてなかった李鳥が、あの作品という鳥籠の中に閉じ込められていると。あの作品が誰かの目に触れ、誰かの心に触れる。
その度に、あの中に閉じ込められている彼女が少しずつ、少しずつ、解放されていくのではないかと。誰かの目に触れる度に、あの中に閉じ込められている彼女に触れられるのではないかと。
それなのに、私はあの作品に触れることができない。
だから、私はあの作品を海に放った。私の代わりに触れてくれる者を求めて。」
「ゴースト・トレインは、貴方にとっては、何の救いにもならなかったのですか?」
「あぁ。
だから、あの列車に乗って、良かったと喜ぶ人間と、乗らなければよかったという人間とに分かれる。君もよく考えてから、そのチケットを使った方がいい。
 どんなに記憶が深く刻まれていても、どんなに大切な物でも、人は平気で失くしてしまうから。
そうして、後で気づくんだよ。大切な物程ね。」

 貿易商人は、彼の言葉によく考えてみますとだけ残し、ここに来た時と同じように何の感情も映さない仮面をつけると、白い世界へと戻っていった。

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