モノローグでモノクロームな世界

第九部 第一章
二、
 チケットに記載された番号の席にケイが座って程なくして、列車はゆっくりと動きだした。
次第に加速していく列車の窓越しに景色が後ろに流れていく。
やがてそれらは一緒くたに混ざりあっていった。

 一緒に乗り込んだはずの二人の乗客は、どうやら違う車輛のようだ。ホームから列車に乗りこんだ姿を最後に、その姿を目に写すことはできなかった。それどころか、この車輌には、彼以外誰も乗客がいないようだ。
 ぽつんと黒い椅子に座り、誰も座っていない向かいの席を眺める。
本当に、この列車が貿易商人が言っていたゴーストトレインなのだろうか。
真飛は、どうやって次の指示を与えるのだろうか。だが、この地下帝国で、列車が走る線路はここだけだ。だから、間違えるはずもない。そう思いながら、通り過ぎていく景色を目に映す。

 ここは、不思議な場所だ。 
壁の中では不要と判断された色に溢れ、行先も無く、ただこの地下帝国の中をぐるぐると円環し続ける列車。その中で、忘れたはずの人を追い求めている。ここは、壁の中で唯一、無駄なことが許されている場所なのかもしれない。

 列車が長いトンネルに差し掛かり、車内は一瞬で暗闇に包まれた。
ごとごとと走る音だけが彼を包む。その音に誘われるように、そっと瞼を閉じたその時だった。
「ケイ。」
耳元で囁かれた声音に、驚きと共に瞼をこじ開ける。
列車はまだ、トンネルの中を走り続けているのだろう。
車内は、相変わらず暗闇で支配されていた。その暗闇の中で、ぼうぅと光るその姿に、ケイは、言葉を失い、目の前の光景を見つめ続けた。

 あの日と同じだった。
あの最後の日と同じ白いワンピースを着た彼女が、今、彼の目の前の座席に座り、彼を見つめている。
その視線も、その瞳も、全てが懐かしかった。
記憶の中でいつも思い描いていた、その姿を、懐かしいと思った。
「・・・・・・マドカ?」
涙が両頬を零れ落ちていく。
 もう一度会えたならば、何を伝えようか。
もう一度言葉を交わせたならば、何を尋ねようか。
考えていた事は、沢山あったはずなのに、
喉から零れ落ちたのは、ただ嗚咽だけだった。

 向かいあった席に座る彼女は、ただ微笑んで見返すだけ。
真っ白な髪。真っ白な肌。
電車が揺れる度に、虹色にちらつく彼女の残像に、そっと手を伸ばす。
伸ばした指先が、彼女の像により、虹色に染まった。
それを見て、また少しだけ涙が零れた。
「君はいつも綺麗だね。」
地下帝国を走るこの列車の中に射し込む偽物の夕陽。
燃えるようなオレンジ色に染まっていくこの景色は、
一体、誰の夢なのだろうか。
 壁の中の世界は、楽園のはずだ。
そうだ、とあの日まで信じていた。
生れてからずっと。
 造られた楽園は、当たり前にそこにあって、その事自体に疑問を
抱くことなく、それを謳歌していた。
たとえ、そこが偽物でも。
それが本物だと信じる者にとっては、そこは限りなく美しかったのだから。

 それなのに、こうして現実から目を背け、時々、
記憶の中に逃避行する。
ホームで見かけた老紳士も、
背の高い婦人も。
失くし物を痛みとして自分の中に残し続けているツツジも、
この世界に復讐をした神代真飛も。
そして、ケイ自身も。
 偽物の夕陽色に染まっていく彼女が、優しく微笑みかける。
そして、初めて出会ったあの時と、
同じように言った。

「待っていたの。」、と。


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