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アラベスクもしくはトロイメライ 21

第四章 五

 白いカーテン越しに口づけ。
偽物の温もりが私を責める。
「俺はこの手で人を殺したことがあるんだ。」
そう話す彼の手で、私は色を塗り替えられていく。熱に浮かされたみたいにふらふらの頭で願うのは、このまま時が止まればいいのに、なんて少女じみた馬鹿な幻想。
「小さな女の子の前で、彼女の母親を殺してしまった。女の子の父親は、ある事件の指名手配犯で。俺たちの存在に気づいた彼が武器を持ちながら、こちらに向かってきた。それを止めようとして、俺は銃を向けた。威嚇のつもりだった。だが、母親が男と俺の間に飛び出てきて。気が付いた時には俺が放った弾が彼女に当たっていた。その事件が原因で俺は、刑事をやめた。」
煙草を吹かしながら淡々と話す、彼の声を止めたくて手を伸ばす。この空間にそんな話は似合わないもの。そう話すと彼は少しだけ笑ってくれた。その笑顔に胸が疼く。私の手に絡みつく、少し骨ばった指が愛しいなんて、これも、ただの幻想。
子供のように泣きじゃくっていた私の頭を優しくなでる彼の手に縋ったのは、ただの現実逃避。
「あの頃から、幾度となく、俺を睨みつけるあの少女の瞳が目の前に蘇る。その度に思うんだ。俺は人を殺してまで、何で生きているのだろうって。」
だから、君と同じだ。
なんて、彼は言うけれど、私から言わせれば、やはり彼の事情と私の事情はかみ合わない。けれど、私はその事を告げないまま、一時の快楽に溺れる。
 彼の手が触れる度に、私は私である事を知覚する。そうしなければ、もう私は自分を自分で保てない。
バラバラにされて、再構成。
無理矢理、開かれる花は一体どんな色をしているのだろう。
それは、きっと歪で醜くて、でも、とっても奇麗。
何度も何度も繰り返されるその行為は、ただお互いの空虚さを埋める為だけに繰り返される事を私達は既に知っている。
こんな行為は意味を為さないことも。
明日になれば、お互いに今日の事を忘れることも。
それでも。
偶然でもいいから、鍵が合う事を期待する。

 だけど、毎回、壊れた鍵穴から溢れだすのは、バラバラになった私の欠片。
偽物の温もりが私を責めた。

「櫻井先生、バラバラ事件の犯人、私、解っちゃった。」

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