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モノローグでモノクロームな世界

第二部
第二章 二
 体にどれだけの価値があるのかは、私にも分からない。物謂わぬ躰は、ただの物質にしかすぎず、死んだ人間の魂は別にあるのだと、ずっとそう思っていた。だが、いざ体を棄てろと言われると抵抗があるのだ。
まるで、彼女の存在自体を自ら抹消するようで。

 恐らくこれは、私自身の罪悪感が大きく関係しているであろうことは、自明の理だった。
だが、物質には時間的制限がある。日に日に増す腐臭とその姿を徐々に変化させていく様子に、私は遂に耐えきれなくなり、彼女の左手に残っていたブレスレットを外すと顎髭の男に李鳥の亡骸を託した。
 真っ白の布に包まれた彼女の体は、想像以上に軽く、その軽さに私はまた罪悪感を募らせていく。彼女の体を挟んで、顎髭の男と私は、彼女に掛けられた白い布へそれぞれの松明の火を近づけた。
予め油を染み込ませておいた布は、瞬く間に勢いよく燃え上がり、私達は暫しその火の行方を黙って見続けた。やがて、男はただ一言「すまない」とだけ私に残し、一人その場を去っていった。

 顎鬚の男が悪いわけではない。
彼はこの密閉された地下空間で、多くの人々の命を守るために、当然の行為を選択しただけだ。それに、彼のせいで李鳥が死んだわけではない。
そう頭では解っていても、私にはこの地下空間を出るまで、否、この地下空間を出てからも、ついぞ、顎髭の男の事を好きになることはできなかった。


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