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モノローグでモノクロームな世界

第八部 第一章
一、
 貿易商人の彼とは、もう随分と長い付き合いになる。
彼が私の研究の事や、私がナインヘルツで何をしていたのか、その全てを知っていたとは思えないが、ナインヘルツの研究者でしかなかった私が、自分が起こした事に対する結果を知る事ができたのは、彼のお陰だった。

 ワームという組織を、ナインヘルツの目を逃れるように起ち上げ、私はサカイに逃げ込んだ人々に対し支援を続けた。たとえ、外の物資が高値で取引されようと、あれだけの人々を養い、また組織として活動を続けていくには、資金は多いに越したことは無い。
 私が資金やポッドの調達といった支援活動のみに徹底した活動しか行わなかったことに対し、ワームを当時、取り纏めていてくれた者達の多くが、様々な意見を有していたことは、私自身分かっていた。
それでも彼らはこんな私を、名ばかりにすぎない私を、ワームのトップとして慕ってくれた。

 だが、私はそんな彼らの事を、一度たりとて自分の仲間だと思ったことはない。
私がワームという組織に向かいあった時、そこにあったのは、ただ贖罪の気持ちだけだった。ワームという組織が決めたことに対し、一切反論も助言も賛同もしなかった。無謀と思われるような事案であっても、求められれば私はパトロンとしての役目を行った。

 そんな出来たばかりの烏合の衆を先導する役目を、私と共にナインヘルツに居た副島という博士が、自らが行うと私に告げてくれた時には、正直な所、どこか信じられない気持ちと、それと同時に救われた気分になった。
私がやらない役目をやってくれるという安堵。そして、彼もまた同類なのだという安堵。
 彼もまた、私同様に自分がしたことに対し、罪の意識を持っていたからだ。余りにも重いその罪の意識を私達は共に、共有することで、お互いの肩の荷をすこしだけ外すことができたのだ。

 副島は、環境学のスペシャリストだった。特に、自然環境が専門だった彼は、核の冬に対してもあの事件が起こる以前からずっと警鐘を鳴らしていた。そんな彼の印象は、第一印象から変わらず、生粋の学者肌の男だった。
私達はナインヘルツで共に、TheBeeによる循環システムや、人々の精神コントロールに関するシステム造りに携わっていた。
私は主に技術的な面を、彼は主にシュミレーションによる予測を専門にしていた。何日間も研究室に籠り、実験や研究に明け暮れる彼の姿を、私はよくナインヘルツ時代に目撃していた。

 だからこそ、ナインヘルツの研究者という好きなだけ研究ができる立場を失ってまでこんな危ない話に乗るとは到底思えなかった。
「なぜ引き受けようと思った?正直に言って、貴方には何のメリットも無い。」
私は彼に馬鹿正直に尋ねた。彼は私の質問に白い歯を少しだけ覗かせながら、私に答えてくれた。

 恐れるべき事態が起こり、それに対処するためにナインヘルツが取った手段は、確かに有効だっただろう。また、初期のナインヘルツが取った行動は、確かに『正解』だったのかもしれない。現に私達を含め世界中で多くの人々がこうして生活を続けているのだから。
だが、ナインヘルツは行き過ぎてしまった。

人が人を支配する。
その構造は、人類が人類である以上、変わらないだろう。だが、国や世界が基準に合わないからと、人を排除する。その構造は、私にはやはり納得がいくものではない。
ナインヘルツは裸の王様になってしまった。
枠組みの中で彼らを神と崇め奉る人々のためだけに存在する組織。
盲目に飼育された人々は飼いならされた枠組みから出ようとはしない。

このままいけば、世界はどうなる?
何故、人々は感情を忘れた?
忘れられた感情はどこにいった?
何故、人々は色を忘れた?
 何故、私の孫は忘れたはずの色を認知できる?

私はいずれ、ナインヘルツを去るつもりだった。
それが少しばかり早まっただけだ。
今言ったように、私の孫は色を認知できる。生まれてから、彼は一度も色を見た事がないというのに。私も私の息子も、もう既に覚えていないというのに。
副島はそう言い終えると、最後に苦笑しながら付け加えた。
「お祖父ちゃん、この色はなんて言う色なの?」
そう聞かれる瞬間が、一番辛いと。

 私達の無謀とも言える小さな革命は、沢山の人びとの人生を巻き込み、ナインヘルツに確かな衝撃を与えた。私も、そして副島も、皆、無傷ではなかったが、そもそも革命とはそういった物であろう。
新天地を求め、飛行するポッドを私は密かに光線を意味するレイと名付けた。
 この組織をワームと名付けたのは、ナインヘルツだった。皮肉なことに、名があることで、ただの何もない人々の集まりが、組織として機能するまでになったのは確かだった。だが、その名自体には、どこか抵抗があった。
どこにでも沸く虫ども。そう揶揄されていることに抵抗があった。
だから、せめてもの抵抗のつもりだ。
そして、それは私達自身がこの世界の希望を齎す光になれるようにとの密かな希望でもあった。

 この世界は、
ここにある世界は、
確かに核の冬に打ち勝ったのかもしれない。
西暦の終わりに起こった核による被害は、この地球を一瞬で死の惑星へと変えた。直接的な被害が無かった場所でも、太陽が姿を消したことにより、作物という作物が枯れ、それらを肥料としていた家畜も次々と死に、世界規模の激しい食糧難が続いた。フォールアウトの問題もあり、大気も海洋も土壌も汚染され、疫病や未知のウィルス、変異をし狂暴化する野生動物も発生した。更には、太陽を失ったことにより、地球は激しい寒冷化の一途を辿っていった。
 たった一度の過ちにより、全てを失い、それでも生き残った人類は、明日への命を繋ぐため、あらゆる叡智を注ぎ、荒れ果てた世界から一つの箱庭を創りあげた。

 一体、いつから、私達は。

 一体、どこから、私達は。

 間違ってしまったのだろうか。

フォールアウトから隔離され、壁の中で守られながら、私達は厳しい現実から目を背け、楽園の住人を装い続けた。
『綺麗で』
『安全で』
『安心で』
『誰も傷つけない』
『誰にも傷つけらない』
そんな理想の世界を演出するために、我々は自らを枠組みに強い、その枠組みから少しでもはみ出そうとする者達を真に見ることなく、世界から排除した。
枠組みを守るためだけに、私達はその枠組みから少しでも逸脱する危険性があるものを罪とし、棄てていった。
 誰が悪いわけでもない。
ただ、他人のエゴで傷つけられる世界に戻ることが怖かったからに過ぎない。
誰も傷つけない。誰からも傷つけられない。
皆が同じであれば、それでいい。
皆が均一であれば、私達は同一になれる。
ならば、均一に染まらない者達を排除すればいい。

私達は、一体どこで、
このコードを読み間違えたのだろうか。


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