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モノローグでモノクロームな世界

第七部 第一章
二、
 長く白い髪をたなびかせながら前を歩く女性の後ろについて、ポッドの中をひたすら昇り降り続け、長いスロープを歩き続ける。
真っ暗な回廊の壁には、ライトが等間隔に設置されており、三人が歩くスピードに合わせて、体温を感知したライトが灯っては消えを繰り返していた。
見えすぎず、それでいて見えないわけではない。
ライトが作り出すその絶妙な薄闇が、真実を包み隠さず明かそうとしないこの空間に通じる所があると、ケイは歩きながら考えた。

「ここは、ポッドの一番外側。この舟は、貴方達が先程見た通り、四区画に分かれているけれど、その四区画のそれぞれの境には、外側の壁、内側の壁があるの。似ているでしょう?貴方がいた世界の構造と。
 この舟は、ワームとなった人々が暮らす場所であり、それと同時にワームの拠点として、ナインヘルツに対抗するために特化している。この人数を収容するために、そして、ナインヘルツに対抗できるために、たとえ効率が悪くても、これだけの大型母船が私達には必要だった。」
 今、舟のどのあたりを歩いているのだろうか。頭に構造を思い浮かべながら歩いていたケイだったが、はっきりと見えないぼやけた光景と何度も繰り返される同じスロープと階段の昇り降りにより、彼の時間間隔と空間認知能力はすっかり役に立たなくなっていた。
いずれにしても、途中で彼女が説明をした内側の壁をくぐったのだけは確かだろう。

 「ここは?」
ようやく立ち止まった女性について入った小部屋は、何の用途で使われているのか、瞬時には分かりかねる光景が広がっていた。
 木の床の上には、数組の丸テーブルと椅子が並べられており、長方形の空間の奥には、木の床から一段せりあがった小さなステージがある。そのステージのある空間の奥から手前にかけて、扇状に無数のライトが天井からぶら下げられていた。
「電気を点けると綺麗なのよ。」
そう言いながら白い髪の女性が手元の小さな機械のスイッチを入れると、その途端、天井からぶら下がった無数のライトに一斉に灯りが灯された。
その眩しさに思わず瞬きをする。ライトに照らされた目の前の光景は、彼女が言ったように、確かにきらきらと輝き綺麗なのかもしれない。だが、今まで、こんな光景を見たことがないケイにとっては、それが綺麗なのか判別することができなかった。
「木の床も机も。貴方の目には、珍しく映るんじゃないかしら?」
話しかけられた彼は、目の前の光景からいつの間にか隣に立っていたその女性へと視線を移した。

 目鼻立ちが整った顔。その割に表情が乏しく、どこか冷たさを伴うその表情。小首を少しだけ傾けながら、薄い笑みを浮かべ話すその癖。
似ている。
記憶の中のマドカと、どこか似ているのだ。
「・・・・・・壁の中は、建物も、建物の中も、原則白一色でした。こんな風に、木が使われた家も家具も、もう見ることは不可能に近い。天然資源は、闇売買でも簡単に手に入らないから。
 僕は、幸いにも祖父が使っていた小物で、木に触れた事があります。でも、壁の中で一生を終える人々の多くは、こういった天然の物に触れた経験は極めて少ない。もしかしたら、無い人の方が多いかもしれません。」
「そう。お祖父さまは、元気なのかしら?」
「いえ、亡くなりました。」
「ごめんなさい。不躾な事を聞いてしまって。」
「平気です。それに、もう随分、昔の事ですから。」
「それから、貴方はずっと一人だったの?」
「はい。マドカに出会うまでは。でも、壁の中では、皆、一人で居ることが当たり前でしたから。」
そう話すケイの言葉に、彼女は嘆息するとどこか悲しそうな声で再び話始めた。
「話には聞いていたけれど、やはりそうなのね。『平気』や『それは当たり前』の裏にどれだけの諦めがあるのかしら。」
「・・・・・・貴方は壁の中に入ったことはないんですか?」
「えぇ。私は彼によって造られ、この舟で生まれた。
私は目が覚めたその時から、ずっとここに居る。その前の彼女も、その前の前の彼女もそうだった。
でも、私達は知っている。
貴方が居た白い世界が間違っていることを。
そう、あの人が教えてくれたから。」
 マドカと似たその女性は、マドカと似た声で、ケイにそう告げた。

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