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モノローグでモノクロームな世界

第五部 第二章
三、
 サカイと国との境界線となる門を抜けると、一気に車内の温度が変化したのが分かった。エアコンをフル稼働させても、底からひんやりとした空気が立ち上がる。
副島達は防寒具を着てきたことに、心から感謝した。

 壁一枚隔てただけでこれ程までに気温が下がるのには、サカイに何度も訪れているが、一向に慣れない。普段、国内に居る者にとっては、一息毎に体の芯から凍り付くような冷気だけでも十分な脅威だ。
その上、サカイの人間は実地を生かし抵抗するのだから、これ程厄介な存在はいない。その証拠に未だワームの尻尾を掴めていないどころか、検閲ですら成功をしたとは言えない状況が続いている。
 
 十月国内と違い、黒を基調としたサカイの雑多な街並みの上に堆く積もる雪は、まるで黒く薄汚れた町を、白いペンキで一掃しているように映る。
そう感じたのは、副島だけではなかったようだ。寒さに縮こまっていた部下たちも、白が黒を塗り潰していくようなその光景に、一人また一人と武器を片手に車から降りると、副島を中心に中央へと集まっていく。
「隊長、検閲の宣言を。」
カランから拡声器のマイクを受け取ると、副島は冷たい空気を肺一杯に吸い込んでからしんと静まり返った町のど真ん中で高らかに声を張り上げる。
「こちらはナインヘルツ東方支部 検閲部隊第一部隊長 副島 剛季だ。
入国審査官を不当に監禁している嫌疑がこのサカイにはかかっている。今からこの地における検閲を行う。当該事項に対して無関係の住民は、速やかに投降するように。なお、抵抗をする者には、武力行使も厭わない。」

 しんと静まり返った広場に、動く者はいない。
副島が宣言をしてから、数分が過ぎ去っていたが、相変わらず広場には、副島と同様の白いコートを身に纏う検閲官たちの姿しか無かった。
装甲車の影からは、いつ銃撃戦が始まっても対処できるように、武器を構える隊員達。
彼らの緊張が、背中越しに伝わってくる。
広場をぐるっと囲む街並みは、廃墟のように人の気配が感じられず、不気味な程静まり返っている。
 だが、彼は気づいていた。
黒く塗りつぶされた扉の向こうで、副島達と同じように息を潜め、こちらの動きを監視している者達の存在を。
外に居る副島達に容赦なく吹き付ける勇気。
全ての音という音を呑み込み、静謐が支配した世界。
 一瞬。
世界が動いた。
空気の流れが束の間変わる。
副島は反射的に手を天高くつき上げる。
それに続けと言わんばかりに、唐突に始まった銃撃音。
サカイの人間が撃った銃弾が、容赦なく副島達に降り注ぐ。
最初の一発を皮切りに、四方八方から降り続く銃弾を避けるために、慌てて装甲車の影に滑りこむと、暗視用のゴーグルを確認し、副島は武器を構える。
一、二、三名。
ゴーグルに映る微かな生体反応を確認しつつ、彼はカランに合図を送る。
一瞬だけ攻撃が止んだ。
銃撃の圧により、地面から舞い上がった雪が重力に引っ張られ、またゆっくりと降下を始める。
その瞬間、武器を構えたカランが車の影から踊り出た。
 
『パァン。』

乾いた音が、副島の鼓膜を揺らした。

暗視ゴーグルから赤い生体反応が一つ、
消えた。



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