モノローグでモノクロームな世界

第二部 第一章 
三、
 似鳥 李鳥。
それが彼女の名前だった。
市内の女子高に通う高校生。
分かっているのはそれだけだった。
いつからか彼女が本屋でバイトをする火曜日、木曜日、金曜日は、お店が閉まるまで、店内でやり過ごし、駅までの道のりを二人でとぼとぼと並んで帰るのが私の日課になっていった。
 周囲には、私達がつきあっているように見えていただろう。
だが、実際の所は、一緒に帰るようになって大分経った今でも、彼女が住んでいる場所も、私と逆方向の電車の行先も知らないままだった。
手を繋いだこともなければ、無論、それ以上のことも何もない。
どちらがそういった事を拒んだわけでもない。ただ、私達がそれらの事に触れずにいることを、ただ、真っ直ぐな平行線を望んだ結果だった。
そんな私達の帰り道の話題は、専ら最近読んだ本の事が大半を占めていた。

 不思議な事に、そんな一見無関係な会話だけでも、私には彼女の考えている事や思っている事、更に言えば、思考の流れ方や癖、物事の捉え方や対峙の仕方を理解する事ができた。何よりも私達がそんな曖昧な関係をどちらから途切れさせることなく、続けていたのは、それらにおいて大方の一致点をお互いの中に見出していただからであろう。
 それは、彼女の側でも恐らく同じであっただろう。よく出会った当初、彼女はこんな言葉を畦道を寂しく照らす街灯の下で私にだけ聞こえるように吐露させた。
「こんなに話が合う人が、この世界にいるなんて思わなかった。」

 そんな私達の関係が変わったのは、それから一年程経った頃だった。
それが必然だったのか、それとも何か別の物が働いたのかは分からないが、彼女は高校を卒業するとほぼ同時に、逃げるようにあの町を出て、無事、志望の大学へと入学を果たし、念願の都会ライフを楽しんでいる僕のアパートへと転がりこんできた。
 一応、名目は都内の私大生だったが、彼女の学力であれば、恐らくあの市の近くの国立大学も余裕で受かったはずだ。彼女はそれらを全てけり、この都会へと逃げ出した。そして、私はそれを受け入れ二人でささやかだが、二人にしか解らない穏やかな幸せを享受していた。
それから、間もなくの事だった。
あの世界の終わりを告げる鐘が鳴ったのは。

そして、その頃の僕らと言えば、幸せを享受しつくし、どちらからともなう、幸せから逃げようとしていた。

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