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モノローグでモノクロームな世界

第三部
第一章
一、
 十月国からミナミまで高速メトロに乗り込むこと三十分。そこからサカイまでは目と鼻の先だった。

 サカイは九つの国に併設された独立した商業都市の総称だ。どこの国にも属さず、どこの国からも制限を受けない場所。サカイに暮らす者は、それぞれの国に併設されているサカイを行き来しながら、壁の外にある物資をサカイで売買して生計をたてている。
 サカイと国の間にある内壁には、併設する国の衛生委員による検閲所が設けられており、サカイからの出入りは勿論、国からの出入りも厳しく取り締まっている。この検閲所を特別な許可なく自由に出入りできるのは、ナインヘルツの検閲官だけだった。
 高速メトロを降り、駅を出ると、僕はだだっ広いだけが特徴的な一本道を歩き続ける。カミシロマトビから送られてきた地図ではこの道を真っ直ぐ進めば、サカイの入り口を取り締まる検閲所があるらしい。らしいとは、無論、こんな国の最果てに来たのは、今回が初めてだからだ。
 マドカの複数の旅券記録書と一枚のレントゲン写真が見つかったのは、父の物と思われる手帳が見つかって、数日後の事だった。性格に言えば、僕が見つけたというよりも、マトビの言葉に導かれてという方が正しいだろう。
 流石にナインヘルツにおける、彼の権限は伊達じゃないらしい。僕が幾ら自力で探しても、解らなかったマドカ自身の情報を彼は前から知っていたかのように、僕に披露した。その余りにも鮮やかな手腕に、僕は彼自身が調べた方が、手間も時間もかからないのではないかと提案した程だった。だが、マトビは、僕の提案に対して、ただ人探しに慣れているだけだと僕に答えつつ、これは君自身に関わる問題であり、君が解かなければいけない問題なんだと僕に告げた。
 その言葉の意味も、全てが見えているように話す彼の言葉も、やはり好きになれそうになかったが、何の手がかりすら持たない僕は、やはり彼の言葉に従うしかなかったのも事実だった。
複数の旅券記録書には、十月国付きのサカイと十月国、そしてダームシティを頻繁に行き来していることが記されている。月に一度は十月国付きのサカイを訪れていることを見ると、やはり、彼女は十月国付きのサカイ出身であるという僕の推察はあながち間違いではないだろう。
「・・・・・・死の華か。」
「え?」
「そのレントゲン写真だよ。ほら、両肺の葉に白くぼんやりした影が沢山写っているだろう。」
そう言われた僕は手元のレントゲン写真を注意深く覗き込む。
 確かにマトビの言う通り、写真に映し出された両肺の葉の先にはまるで、白い綿の花を一斉に咲かせたかのように、細かく分岐する枝葉の葉という葉に、白い綿埃が沢山ついていた。
「死の華って、何ですか?」
僕は耳慣れない言葉の意味をマトビに問う。
「原因不明の肺がんだ。発症したら最後、急速に病巣が両肺に拡がる。トリプル・システムで対処が施せるのは、両肺に病巣が蔓延し、病気による症状が出た後だ。」
「え、でも、助かるんですよね?だって、トリプル・システムはあらゆる病気を事前感知して、その危険を取り除くって。」
「勘違いをするんだよ。」
「勘違い?」
「あぁ。初期症状が非常によく感冒症状と似通っているんだ。本人ですら気が付かないだろう。微熱程度の発熱に悪寒、全身の倦怠感。そして、咳。
トリプル・システムは体の不調を感知して、その数値を元に処置を施す。
あくまで、体の不調のデータが基本だから、その場で全身をスキャンしているわけではない。だから、本人もシステムもただの風邪だと『勘違い』をするんだ。その間に、この病気は急速に蔓延していく。両肺のレントゲンを撮って初めて正式な病名が分かった時には、タイムアウト。後は爆弾を抱えながら、生きる事になる。」
マトビの言葉に僕は改めて、手の中のレントゲン写真を見つめた。モノクロの写真に写る綿のような白い花。
「どこまでステージが進んでいたのかは分からないが、一般的に言って発症してから死ぬまでもって三年だ。そのレントゲンの日付から見て、相当進んだ状態だったんだろう。」
「・・・・・・そんな、じゃあ、彼女は僕の前であんな風に死ななかったとしても。」
「あぁ、恐らくはそう長くはなかっただろう。彼女は自暴自棄になったわけでも、死を恐れたわけでもない。」
「でも、何で。」
「その答えを君は気が付いているんだろう。ケイ、サカイに行け。」
「サカイ・・・・・・。マドカはやはり、そこで。」
「彼女はどうやらサカイで生まれたらしい。恐らくそのレントゲンを撮ったのも、サカイの医師だ。」
 彼から受け取ったサカイまでの行き方と通貨許可証を確認しながら僕はマトビに聞いていた。「貴方は何故そこまで僕に協力的なんですか?」と。
彼は、僕の問いに、人探しをしているだけだと答えた。永遠に見つからない探し物をとだけ答えた。マドカの事と彼の探し物がどう関わってくるのか尋ねようとする僕の問いを先回りしたのか、また連絡するといって、唐突に途切れた通信を後に、こうして僕はサカイへの道を歩んでいる。
 マドカの事といい、マトビの探し人の事といい、世界の秘密といい、これまでの僕は何も悩むことは無かったし、何も感じることもなく、只、繰り返すだけの毎日を送っていればそれで良かった。たとえ、そこに虚無感だけしか感じることが無かったとしても、それに気づかない振りをしていれば、それで、毎日をやり過ごすことができた。
 だが、あの日、僕は戻れない一歩を踏み出してしまった。
それは、意図していない形で訪れたが、今、こうして、マトビの言葉に従い、マドカの事と父の事を調べようとサカイへの道を歩んでいる。
これは、僕が僕自身で選択したものだ。
廃墟が連なるその視線の先に映る白銀の長方形の建物。
サカイと十月国を隔てる検閲所。
僕は、今、自分の意志で、初めて繰り返すだけの毎日から逸脱しようとしている。
 そして、最悪的で最高なのは、僕自身がその事に対して、微かな興奮を覚えている事だった。


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