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モノローグでモノクロームな世界

第三部 第二章

三、
 「死の谷を知っているか?」
医師の言葉に僕は首を縦に振った。
無論、忘れるわけがない。
そこは、僕の両親を奪った土地の名前なのだから。

「・・・・・・死の谷がどうしたのですか?」
「マドカはそこに行ったんだ。確証はないが、おそらくそこであいつは強い放射線を浴び、死の華を発症した。」
「死の谷へ、マドカが?それに、死の華は原因が解明されていないって。」
「あぁ、だからこれは憶測に過ぎない。それに、死の谷に行った奴はマドカが最初じゃない。ここ、サカイで商売をしている者の多くが、どこで物品を調達すると思う?」
「まさか。だって、壁の外の物質は、どんな物であれ壁の中に持ち込むことは禁止されている筈じゃ。」
「だから、サカイで売買がされる。それに、あそこは特殊な場所だ。外壁と外壁の狭間故に、何かあればすぐに近くのサカイに逃げ込める。我々、サカイの住人にとっては、好都合な立地だ。唯一つ、放射線量の高さを除いてはな。」
「マドカもそこに行ったって事ですか?その、サカイで売る物を回収するために。」
「あぁ。それもあの子は、どうやら頻繁に行っていたようだ。」
「何で、そんな事を。マドカはここで暮らしていたんですよね。どうして、止めなかったんですか?」
なじるように尋ねる僕を、医師は疲れた表情を浮かべながら答えた。
「止めたさ、何度も。だが、マドカはどんな事を犠牲にしても、やらなければならないのだと、私に答えた。
あの子は、大切な人の探し物を探していた。彼は恩人だったそうだ。その人の最後の願いを叶えるために、彼の息子に会わなければならないと言っていたよ。」
「そんな・・・・・・まさか。」
やはり、そうなのだろうか。マドカと父はどこかで出会っていた。
考え込む僕を残し、医師は静かに立ち上がりながら窓の方を見つつ口を開いた。
「さてと、今日はここまでにしよう。
この冷気だ。明日は雪が降るだろう。準備をしておかなければならない。」
「あの、私は。」
「こんな時刻だ。今日は泊っていくといい。ルウにマドカが使っていた部屋を見せてもらうといい。」
「まさか、まだ間に合うでしょう。今日中に帰国すると検閲所に申しています。」
 だが、慌てて確認したトリプル・システムの表示する時刻は既に夜の八時に近い時刻だった。閉門時刻は夜の九時。それ以降は。
「君も知らないわけじゃないだろう。ここ、サカイが夜になるとどうなるのか。」
「確か、サカイと十月国を繋ぐ門が完全に閉じられるんでしたっけ。」
「あぁ。そうだ。ここは夜になると、陸の孤島になるんだ。
この時刻じゃ、どんなに急いでも、恐らく間に合わないだろう。もしも、途中で道を見失えば、夜間の冷気に耐えられず凍死するぞ。」
 夜までに戻ってください。
そう警告してくれた彼の言葉はどうやら無駄になりそうだった。
 いつもならば、常に時刻や予定を指し示してくれるトリプル・システムは、まるでその役目を放棄してしまったかのように、押し黙ったままだ。どうやら、時間間隔が狂ったのはこれが原因らしい。それに、もう一つ、時間間隔が大幅に狂った原因として思いあたる事があった。それは、このサカイには十月国内のように、疑似太陽が無い点である。常に視界に映るのは、靄がかかったような白い景色一色。確かに十月国も白一色だが、疑似太陽の満ち欠けによって、モノクロームの影が白い国を彩っている。半面、このサカイは、一面、何の変哲も変化の無い白い景色一色だけなのである。それは、今が昼なのか、夜なのか、その判別すらも分からない程だった。



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