モノクロの写真

モノローグでモノクロームな世界    第一部 第一章 二

二、
 「『色とは光の波長の違い、色相により目の受ける種々の感じ。』」
そう僕に教えてくれたのは、マドカだった。
白く長い髪が揺れる度に、鼻腔をくすぐる甘い香りにのせて、彼女は口癖のように、よくそう口にした。
 味気の無い栄養ドリンクを飲みながら。
 味気の無いキスを交わしながら。

「ねぇ、ケイ、知ってる?
この世界は昔、沢山の色に溢れていたの。色、知ってるでしょ?
私達が今は文字でしか見ることが出来ない、赤や青や緑や黄色を色として多くの人が当たり前に目にして感じていたんだって。
 なのに、今は一面ただ白いだけ。こんな世界、退屈でつまらない。いつか、本当の世界の姿を見て見たい。そう思わない?」
「私、夢なんだ。いつか目が覚めたら、世界中が沢山の色で溢れていて、私達皆、その中で笑っているの。明日を夢見て。」
子供じみた夢だけど、いつか現実になればいいって、結構本気で思っているんだよ。
そう話していたマドカと出会ったのは、白い建物と建物の間のとある薄暗い路地の奥だった。

 その路地奥にはいつからか年老いた白猫が住み着いていて、僕は彼女に餌をあげるのを日課としていた。ある日、いつものように、路地奥へと足を運ぶと、白猫ではなく彼女がそこに居た。
 大きなスーツケースに腰かけながら手元のノートに何やら書き綴っていた彼女は、僕の足音に顔を上げると、薄い笑みをその小さな顔に貼り付けながら、一言、こう言った。
「待っていたの。」と。

 真っ白な部屋に、白いスーツケースが一つ。
白いベッドに二人並んで腰かけながら、月光の光に一つだけのシルエットを浮かばせる。
彼女がどこから来たのかも。
スーツケースの中身も、何故、僕を待っていたのかも。
僕は何も知らない。
僕らは適度な距離を保ちながら、まるでそうすることが最初から決まっていたかのように、お互いをただ求め続けた。


 彼女が死んだのは、ある満月がとても綺麗な夜のことだった。


 

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