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モノローグでモノクロームな世界

第六部 第二章
一、
 「本当にこれでよかったのでしょうか。」

 私は、ある時、ナインヘルツのやり方に疑問を持ち、一緒に仕事をしていた副島という博士に、そう尋ねた事があった。
思えば、あの時からそうだった。
私達は皆、本当は気づいていたのだ。こんなやり方は間違っていると。
だが、面と向かって、ナインヘルツに歯向かうことが怖かった。
彼等のやり方を知っているが故に。
結局、私もただ、自身の保身に走っただけの人間だった。

 ただ一つだけ、そんな自分でも誇れる仕事があるとすれば、私と副島で作り上げたワームという組織ぐらいだろう。それが、この世界に復讐をした私の罪滅ぼしになるかはわからないが。

 壊れた世界を再構築したナインヘルツは、いつの頃からか、否、最初からそうであったかのように、組織の顔が見えなくなっていった。
ただ、ナインヘルツという圧倒的な力のみが現実に、私達に立ちはだかった。その壁は、ただ世界の実権を掌握することだけを目的としているように、私にはいつの頃からか思えてならなかった。
あの地下で出会った男が語っていたような世界をよりよくするという、そんな理想論は、まるで霧のように霧散していた。

 ナインヘルツの理想である、全てが理性的で美しい世界。
そして、そこに不要な人々と必要な人々の線引きが、当たり前のように行われる世界。
己の意思や志を持ち、夢や希望に生きる人々は、ナインヘルツにとって、
予測不能であり、脅威だったのだろう。
 彼らは、そういった人々を一律に真っ白にしようとした。
トリプルシステムという薬を使って。
あるいは、The Beeという力を使って。
それでも、白に染まらない人々、制御できなかった人間は、この世界から排除されていった。

 夢や希望、意思や志を失ってしまった人は、真の意味で人間と言えるのだろうか。それらを失った人間は、次第に明日を夢見ることをやめていった。
希望を捨て、意思を棄てた、ただ人間という人型の器に成り下がったのだ。
 逆に、夢や希望を棄てられなかった人間は、異端とされ、除外され、
或いは棄てられない自分を恥じ、そうして死を選ぶ。
少しの汚点すら許せないように、夢や希望をそれでも持ち続ける人々を、白に染まった人々は嘲嗤った。だが、そんな彼等は、やがて生きる意味すら失い、糸の切れた操り人形のように、残された時間を無為にやり過ごすだけ。

こんな世界の一体どこが理想なのだろうか。

こんな世界の一体どこが美しい世界なのだろうか。

 あの短編映画は、似鳥李鳥がこの世に残した話を元に、誰かが映像をつけたものだった。あの時、彼女が着ていた服のポケットから見つかった、記憶媒体に残されていた映像。
その映像を私は、ナインヘルツにばれないように、ネットという大海へと投じた。
何かを想っての行為ではない。
何かそこに考えがあったわけでもない。
ただ、李鳥という人間が居たことを忘れないために。
ただ、自分の犯した過ちを忘れないために。

ただ、彼女がまだどこかに居ると思いたくて。


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