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モノローグでモノクロームな世界

第六部 第一章
二、
 世界を新たに構築していく。

地下のシェルターから出た後、そう話す男について、私は新しく作られたナインヘルツという組織へ身を寄せた。
 別にこの世界がどうなろうと、知ったことではなかった。むしろ、私は彼女を殺したこの世界を憎んでさえいた。
そんな私が新しい世界を創ることになろうとは、なんと皮肉めいたことだろうか。

 男が持ちかけた共感覚を利用したシステムは、思いの外、とんとん拍子に進んでいき、私は日夜、システムの本稼働に向けて時間を費やす日々を送っていた。
その間にも、真新しい世界は、著しい発展を遂げていった。

太陽が隠れた地球を襲う冷気。

緑が枯れ葉て、荒れた大地。

環境変化のせいで増えた細菌やウィルス。

それらを媒介とする疫病。

食糧を筆頭に、人類が存続するために必要な資源の著しい不足。

例を挙げればきりがない程、人々が直面した状況は、過酷だった。
そんな中で、ナインヘルツという存在は、この世界に生き残った人々にとって、希望そのものだった。

 それと同時に、どの国も国としての機能を失った今、人々や世界を導く組織が都合よく生まれた事は、奇跡的過ぎた。西暦世界の滅亡から、短期間で復興を遂げていく衛生世界その物に疑問を持つ者も、そこには少なからずいたことも、また事実だった。
だが、多くの者は多少きな臭い所があったとしても、この世界で生き残る方を選択した。ナインヘルツは正とされ、疑問を持つ者こそ偽とされた。  そうして、荒れ果てた環境から隔離するかのように、二つの壁が人々の前にできあがった。
疫病も無い、温度も湿度も管理された安心安全な世界の誕生である。

これで、誰もが安心して暮らせる。
そう思えた矢先、ある現象が、新しく出来上がった都市部を中心として、静かに起き始めた。

『不可解な自殺』

ナインヘルツがその事実を正式に確認した時には、自殺者の数が右肩上がりで増え続け、歯止めが効かない所まで来ていた。
自殺の方法も、場所も、年齢も、性別も全てがばらばら。
自殺者のトリプル・システムは正常に働き、生活環境においても、自殺者とその他の者との間で、大きな差は無い。
自殺者がまた自殺者を呼ぶかの如く、その数は日を追うごとに、明確に数として増え続けていった。
 理由がわからない自殺者の存在は、人々に恐怖を与えた。
何より、予防や警告はできても、生命を脅かす危機その物に対して、トリプル・システムは全く役に立たないということが浮き彫りとなったことにより、人々の間の恐怖は増大していった。

 トリプル・システムは確かに、警告を発した。
『その行為は、命の存続を脅かす。』と。
だが、それらは人の意思の前には、無力だった。

 出来上がったばかりの建物から、地上に落下する者。
どこまでも続く地下鉄の鉄の塊に身を投じる者。
自宅の浴槽で手首を切る者。
真っ白な世界を、徐々に侵食していく者達。
 トリプル・システムで感情コントロールができないこれらの人々に対し、否、まだ死の意識に犯されていない人々に対し、この事態を受け、ナインヘルツは最後の禁じ手を使うことを決定した。
それは、共感覚を使い、人々を一種の催眠状態にするという物だった。
 具体的には、その頃、本稼働一歩手前だった、新型のTheBeeの周波数を使い、壁の中の世界中で同時に、共感覚の状態を作りだし、それを維持するという物だった。
常に一定の振動を出しているTheBeeは、こうして、共感覚により、壁の中に暮らす人々に、白い色一色に染まった理想の世界を演出していった。

 

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