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モノローグでモノクロームな世界

第七部 第三章
三、
 「ワームが時々、壁の外に出るのは、壁の中で売るための資源を集める意味もあるのだけれど、本当は調査が主なのよ。この調査で、未だ残留物が酷く、人が住むことに適さない場所と、数値的にはクリアな場所も分かってきている。」
そう言いながら、リトリは白いテーブルの上に大きな地図を広げた。
紙を何枚も貼り付けたその地図には、何度も修正され描き直された外側の世界と、もはや擦れ消えかかっている文字が躍っている。
「ほら、マドカが調査してくれた結果もここに記されている。
あの子は、いつか壁に括られない場所で暮らしたい。そう望んでいた。
彼女はね、色を認知することができなかった。
貴方やマドカのような世代になると、色を生まれてから一度も見たことが無い世代だから、色という概念がそもそも無い。だから、光の違いとして感知することはできても、それを色として捉えることはあの子にはできなかった。それでも、彼女は望んでいた。
いつか色づいた世界を自分の目で見て見たいと。
・・・・・・マドカが死の華にかかったのには、私にも責任があるわ。」
「どういう意味ですか?」
「彼女は率先して、壁の外の調査を行っていた。どこかにまだ、人が住める場所があるはずだと言って。ミハラが死んでからは特にどこか焦っているようだった。どんな危険があるのか、未知数の場所や、死の谷にもあの子は足を運ぶようになっていた。
 このラジオもそんな場所から彼女が持ち帰った物の一つ。その時から本当は分かっていた。あの子が死の華を発症するのは、時間の問題なのではないかという事が。死の谷は、未だに残留物が多すぎて、防護服を着てですら、近づくのが困難な場所だから。
 本当は、私が行くべきだったし、無理矢理にでも止めるべきだった。
マドカは、無茶を過ぎるような所があったのに。
自分には、守るべきものなんてないから。私達が止める度に、彼女はよくそんな風に茶化して言っていた。ここでは人の行動を制限しないんでしょ、と言いながら。
 誰よりも無茶ばかりをして、他人のために自分が傷つく事は厭わない。
マドカにはそんな所があった。彼女の死を知った時から、私達はずっと、
貴方の目の前で死ぬ以外に、伝える方法なんて幾らでもあったんじゃないかと、マドカに少し怒っているの。ここに一緒に戻ってきて欲しかった。
 マドカは守るものなんか、何もないなんて言いながら勝手に逝ってしまったけれど、それこそ身勝手な理論。
残された者がどれだけ悲しむか、あの子は知らない。現に、こうして私達はマドカの笑顔をもう見ることができない事を悲しんでいるし、こんなやり方はちっとも望んでいなかった。

 だけど、一番罪深いのは、私ね。
私と彼。
私はあの子に依存していたのかもしれない。私達の理想を押し付けて。
ここに来たばかりのあの子は、壁の外も中もどうでもよかった。ただ生きる事だけに、必死だったから。それを変えてしまったのは、私達なのかもしれない。私達の理想をあの子に押し付けた。私達の哀しみをあの子に植え付けた。だから、結局、こんな結果しか招くことができなかった。」
「でも、それは、マドカが。」
「あの子は、私の話をよく聞いてくれた。時には、自分の意見を話してくれた。私には、機械的にそれが合理的な判断かでしか見ることができないから、あの子の感情的な判断は、判断材料の一つとしてとても重かった。
 人間でない私がこれだけの人々を方向づけていくのは大変なのよ。私には、感情が無いからわからない。その分からないという事に対してすら、何も思うことはできない。
 纏まらない議論から、結論を導くのは正直辛い事だらけ。感情が無いから、これで合っているのか、皆がどう思っているのか、間違っているのか、正しいのか、判断の基準を既に一つ失っているような物なのだから。
 それにこれは、言い訳じみているけれど、私の本来の役目はもっと別の所にあった。人々を導くのとは、真逆の役目。
人生は思い通りにいかないことばかりね。」
「あの、一つ質問をしていいですか?貴方が先程から仰っている、人間じゃないというのは、それは比喩か何かですか?それとも・・・・・・。」
「その通りのことよ。
別に珍しくもないでしょ?私のような機械人間は。確かに、ワームの中では珍しいかもしれないけれど、私は暴走して、ワームになったわけじゃない。
最初から、ここに居た。私は、彼、神代真飛によって生み出された存在。
そして、彼を殺すために造られたに過ぎない存在だった。
代わりよ。彼の大切な人のね。そして、彼の願いを叶え損ねた役立たず。
そして、今は、真飛やミハラ、副島博士の代わりにこのワームを方向づける存在。」
そう最後に話し終えると、リトリは幕引きの時間ねと告げ、
彼にダームシティ行の旅客申請書と真飛の行先を示したデータ、そして偽のIDを搭載したトリプル・システムを手渡した。

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