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アラベスクもしくはトロイメライ 27

第六章 『極彩色の世界から白と黒の夢を見て。そこから、現実の色探し』

 四月。
頭上を覆う満開の桜の下で、一年前の私達と同じように真新しい制服に身を包んだ少女達の無邪気に未来を見つめるその姿が、私の目に眩しく映った。

 「昨年は、悲しい事がありました。ですが、皆さんは、今を生きています。
一人一人が前を向き、今を一生懸命生きる事が、何よりもここにいない花園風花さんへの弔いになると信じています。」
そう話す大人は、気づいていない。私達の誰もが、まだ花園風花の残した傷跡を舐めている事を。

 そう思っていたし、そう信じていた。少なくとも、この日までは。
例え彼女と親しくなかったとしても、彼女が死んだ理由に思いを馳せ、花園風花という存在を多かれ少なかれ、一人一人がその心の中に抱えているのだと。
 言葉を終えた理事長が壇を降り、例年ならば新入生歓迎の式典は、ここで生徒会長が閉めの挨拶を行い閉会となるはずだ。だが、生徒会長の代わりに登壇したのは、私達1Bだった生徒には見慣れた姿、石澤蘭佳だった。今日も、お下げ髪をきっちりと結わき、凛とした姿勢で立った彼女の姿に、一斉に講堂中がざわめきだす。
2年生?
生徒会長じゃなくて、なんであの子が出てきたの?
そんな声が会場のあちらこちらから挙がる。石澤蘭佳はその喧噪すらも楽しむかのように、ゆっくりと視線を配した後で、徐にその口を開いた。
「私達、元1Bの生徒は先程の理事長のお言葉にもありました通り、花園風花さんという大切なクラスメイトを失いました。いつも当たり前のように、一緒に居ると思っていた人が、突然居なくなってしまう。それも、自分の意志で。
それは、想像以上に私達を打ちのめし、悲しい出来事でした。
 花園さんは、自身の生い立ちを苦にし、亡くなったと警察の方から伺いました。ここにいる皆さんは、私も含め、それぞれの家庭環境も異なれば、この学園に集うまでの時間の過ごし方も、人それぞれ異なります。それでも、この学園の門をくぐったその瞬間から、私達は皆、家族のような、姉妹のような存在になるのだと、私は思っています。
 もう、私はあんな思いを二度としたくないのです。
だから、お願いです。どうか、自分の周りで悩んでいる方が居たら、恐れずに手を差し伸べてください。そして、理事長が仰られたとおり、私達の時間はこれからも続いていきます。
 今日、こうして新しい年の始まりを迎えた事が何よりもその事を証明していると思います。私達は、皆、どんなに辛くても、明日に向かって歩き続けなければならない。立ち止まってはいけないのです。
だって、この時間は何よりもかえけがえのない一瞬なのだから。」
 そう私達に説く石澤蘭佳は、誰よりも奇麗だった。
彼女こそが羊飼いにふさわしい、そう誰もが感じた事だろう。
講堂中が変な熱に浮かされたように、また一人、また一人と彼女の声に反応して、拍手しながら立ち上がっていく。その中で、私と華唯だけが座ったまま、檀上で微笑む石澤蘭佳の姿を見つめ続けた。

 こうして、私達は花園風花一人を残して、四月を迎えた。

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