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アラベスクもしくはトロイメライ 18

第四章 二

 花園風花の秘密は、彼女が自分自身の事を偽物と気づいたことに発端する。思えば、花園風花が秘密を持たなければ、三者三様の秘密を私達が共有しなければ、私達はもう少しだけ、穏やかな時を謳歌していたのかもしれない。葉桜が咲く頃にであったあの子は、私と華唯という1足す1を完全なる1にしてしまった。
 私達は出逢ってはいけなかったのだ。
それも、今となってはだけれど。
「砂奈、風花の秘密を知りたくない?」そう話す華唯によって、こじ開けられた風花の秘密。華唯がどうやって花園家の戸籍を入手したのかは解らないが、そこには本物の風花が行方不明のままになっている事と今の風花が養女として幼い頃に引き取られた事が書かれていた。
決定的となった風花の秘密。
何で、こんなものを見せるのかと問う私に、華唯はけたけたと笑いながら、だって、壊したくなっちゃったんだものと悪びれる様子もなく言ってのけた。

 落葉樹の葉っぱが黄金色の絨毯を創るうえで、私達は破滅という名の欠片を一つ一つ埋めていった。そのジグソーパズルは、完成させてはいけなかったのに。

 知ってるよ。砂奈が風花のために、物語を作っていること。そんなことしたって、偽物であるあの子は何も変わらないのに。もう、あの子は気づいているのよ。
何者でもない、自分に。
『私には色がないの。無色透明。
偽物の色で彩っていた物は、もう皹が入って、バラバラに砕け散っちゃった。可笑しいよね。パパもママもお兄ちゃん達も、私が偽物だって話した途端に、私の事を腫れものみたいに扱うの。
誰も、もう本物だって言ってくれないの。
 このまま、ずっと知らない振りをし続けられたなら、良かったのかな。神様は残酷だね。
本物の風花はね、行方不明なんだって。山に行ったきり、一人だけその山から戻ってくることはなかった。私はその風花の代わりにどこかから花園家にやってきたの。ママに聞いてみたの。本物の風花が戻ってきたらどうするのって。ママは何も聞こえない振りをし続けた。パパに聞いてみたの。本物の風花が戻ってきたら、私は用無しって。パパは言ったわ。その時はお前は名前を変えて、六人家族になればいって。それで解っちゃったの。私はどうしたって、偽物のままなんだって。
 夜、ベッドに入るとね。行方不明のはずの風花がそこにいて、私に言うの。私の名前を返して、どうして偽物のお前が私の家族の中で笑っているって。毎夜、毎夜、現れる。これから先、私が花園風花で居る限り、あの子の呪縛から逃れることはできない。
 パパもママもお兄ちゃんも記憶も大切な思い出も、何もかもいつか本物の風花に奪われる。だから、砂奈ちゃんが私に、私だけに言葉をくれた時は本当にうれしかった。華唯はただの作り話だ、そんなのくだらないなんて言うけれど、私には偽物ぐらいがお似合いだし、作り話だとしても、砂奈ちゃんがくれた言葉は私だけのもの。砂奈ちゃんは、最後まで私の秘密に付き合ってくれたね。ありがとう。本当は、気づいていたんでしょ?私の秘密。それでも、最後まで気づかない振りをし続けてくれたね。』
 そう話し終えると、風花は冬の海に飛び込んだ。彼女がなぜ、私に自分の秘密を暴けなんて馬鹿な提案をしてきたのか。私はこの時、その提案の理由が解ったのだ。彼女は欲しかったのだ。秘密を知っても変わらない物が。それなにの、私は私の秘密を暴かれたくないという自己保身から彼女から逃げ、風花を嘘で彩った。それなのに、風花は私にありがとうと言う。
『本当はね、本物の風花が誰か知っているんだ。でも、それは誰にも言いたくないし、言えない。真実を暴く事が全て正しいとは思えないし。でもきっと、私が本物の風花を知っている事、それが原因で死んだってもしも誰かが思ったら、皆、こぞって本物の風花探しをするでしょ?だから、私が本物の風花を知っていた事をなかったことにしてほしいの。
私は、自分が偽物の風花であった事に悩み死んだ。それまでに留めてほしい。
・・・・・・きっと、私が本物の風花を知っていたと言う人が出てくるはずだから。砂奈ちゃん、お願い、私の秘密を最後まで嘘で彩って。パパやママや・・・・・・もう、誰も悲しまないように。』
その言葉を残して、風花は勝手に行ってしまった。

 なんて、私達は愚かで醜いのだろう。
なんて、私達は身勝手で狡いのだろう。
それでも、彼女はこの結末を遂行するために自ら死を選んだのだ。それは決して許されないことなのかもしれないが、それと同時に、誰かに汚されていいものでもない筈だ。ましてや、彼女の意志を嘲笑うかのように、あたかも連続事件の被害者のように扱われるなんて。
 花園風花は決して誰かに殺されたわけじゃない。
例え、それがどんな理由であれ、その死をないがしろにする行為は誰にも許されない。

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