見出し画像

モノローグでモノクロームな世界

第九部 第二章
二、
 「マドカは幼い頃、父親に連れられてサカイへとやって来た。
そして、あの子は、サカイで棄てられた。

 文字を読む事すらできなかった小さなあの子に生きていく術を教えたのは、サカイの人々や君の父親だ。
この世界の事。
この社会の事。
TheBeeの事。
ナインヘルツの事。
ワームの事。
そして、君の事も。
 ミハラにとって、マドカは実の娘のような存在でもあり、それと同時に、
同じ志を持つ同志でもあった。
彼女の実の父親がサカイを出た後、どうなったのかは我々にも分からない。運よく壁の中で暮らすことができたのか、あるいは、今も世界中を転々としているのか、それとも既に亡くなっているのか。
私が彼女と一緒に過ごした時間は、とても短い物だったが、あの子は、自分が置かれた立場に一度たりとて不平を言う事はなかった。

 マドカは、壁の外でも色を認知できなかった。
もしも、彼女がサカイに来ることなく、壁の中で生きていたならば、恐らく、壁の外に出ることも、壁の外の世界も知らずにいただろう。
 私は、一度だけマドカに問うたことがあった。
父親を憎んでいないのか、と。
立場も境遇も違えど、人に裏切られた者同士。きっと、恨み節の一つでも出るに違いないだろう。そう思っていた。
 今にして思えば、その質問は、あの子の気持ちを考えずにした酷い質問だ。
だが、あの頃の私はこう考えた。
傷を嘗め合うように、他人から人を恨む言葉を聞けたならば、きっと私のこの苦しさも少しは薄れると。

 結論から言えば、彼女は私よりも遥かに大人だった。
あの子は言った。父親に感謝していると。
壁の外に連れ出してくれなければ、今こうして、自分はこの世界の真実を知ることが無かったのだからと。こうして、沢山の人々とも出会うことが無かった。壁の中の人々と違い、自分のために、自分が大切だと思う誰かのために、決断や選択をできるのだから、自分は恵まれている。
 私は彼女の言葉を聞いて、はっとさせられた。
あの時、マドカはまだ十になったばかりだった。
そんな年端のいかない子供に言われた言葉により、私は気づかされたのだ。
今も、壁の中の子供達は、生きる意味を失っているのだと。
こんな事は、やはり止めなければならない。
 あの時のマドカの言葉があったからこそ、私は舟を降りる最後の日、リトリにTheBeeを破壊できるコードの一つを託した。そして、マドカにある頼みをした。
何時かコードを解く者を連れてきて欲しい、と。
きっと、マドカならば、探し出せる、あの子を目を見たとき、
何故だかそう感じたからだ。
そして、私の直感は間違っていなかったよ。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?