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モノローグでモノクロームな世界

第六部 第三章
三、
 細胞が徐々に死に向かうように、徐々に壊れていく世界。
そこで暮らす人々の大半は、与えられる安心、安全に満足し、何も望まなくなっていった。やがて、彼らは、生きる希望を失い、明日を夢見なくなった。
 止まった世界は、やがて壊れるだけだ。
時間は巻き戻せない。それだけは不可避の絶対的法則。
たとえ、未来がわかっていようとも。
たとえ、過ちがわかっていようとも。
だから、あの時、こうなることがわかっていたにも関わらず、私はナインヘルツに加担した。今のこの世界の情況に、薄々気づいていたにも関わらず。
本当に、こんな世界が出来上がったならば、やがて人々は生きる希望も、未来も、何かを生み出すことも創りだすことも止めてしまうだろう、と。
それでも、この世界を創る手を止めなかった。

 何故か。
それは、私自身への復讐だったからだ。
そして、李鳥という存在を奪った世界への復讐だった。
私という存在を含めて、全て無くなればいい。
そう思っていた。

 だが、いざそれが目の前で起こると、私は恐怖した。
感情の無い、ただただ綺麗で安全な世界。
私達の心を、徐々に壊していく世界。
真綿で絞め殺されるように、柔らかく、包まれるように、死へと導く世界。
それに気づいた、否、こんな世界を造ってしまった罪に私は愕然とした。
それは、後悔などと一言で括れるものではなかった。
 一人、また一人と壊れていく人々。壊れたことすら気づかない人々。
白い世界の中で、顔に無表情を貼り付けていく人々に、
私は恐怖した。そして、自分の罪の重さに、苦しんだ。
私達の何もかもを一瞬で奪った兵器よりも、この世界の方が私には、遥かに恐ろしいものに映った。

 システムを止めようといつの頃からか足掻いたのは当然の行為だっただろう。
実際、何度もナインヘルツに、このシステムは間違いだらけであることを訴え、システムを止めるように掛け合った。だが、彼らは、私の話に一度たりとて、耳を貸さなかった。
 彼らにとって、システムが稼働した今、私はもう用済みだった。
私は、ナインヘルツの中で、次第に居場所を失い、幽霊のように存在しないものとして扱われた。彼らが私を締め出さなかったのは、私がこのシステムを止める事は出来ないだろうと考えていたからに過ぎない。
 実際、彼らの考えはあたっていた。
私は、システムの止め方が分かっていた。それなのに、止めることをしなかった。私にはこの世界を壊す勇気が無かったからだ。
 間違いでした。だから、この世界を壊します。
とは、言う事ができなかった。
結局、私は最初から最後まで逃げてばかりだった。ならば、せめて。

 あのシステムに仕込んだ『虫』を、誰かが発見してくれることを願いつつ、私は、自分が作った組織に『ワーム』という名を付けた。
この世界で人として機能している彼らに希望を託して、『ワーム』という名を付けた。
 いつか、奇跡のような事が起こり、『虫』の解読方法を託したリトリと『虫』を退治する者が出会うことがあれば、この世界は止めることができるだろう。
それが、人が人として戻れる時までに、間にあうことだけを祈りつつ。

衛生歴13年6月9日 
神代 真飛


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