夜明け前

眉間にしわを寄せて威嚇しながら人を遠ざけようとする彼を、知りたいと思った。

彼はひとりが好きで、寡黙だ。意図的かどうかは知らないけれど、伸びた髪で目を隠している。わたしは彼の目を見るのが好きだ。嘘のつけない、不器用で生きづらさを隠せない瞳を見ていると許される気がした。わたしの日々に散りばめた虚偽を。

初めて知人に紹介された時の彼は関係を築くつもりなど毛頭無いようで、やはりあまり喋らなかった。わたしにはそれが心地良くて、彼の灰になっていく煙草を眺めていた。

ある夜、ビールを飲み屋のカウンターでひとり飲みながら店主と話をしていた彼の横顔を盗み見ていた。

笑った、と思った途端に手が止まった。本当は隣に座りたかったけれど、彼の笑顔を見ていたくて躊躇ってしまった。向かいに座った友達の声はしっかりと頭に入ってきていたから不思議だ。話をしながら友達に気付かれないように彼を見ると、煙草に火をつけた。

指が長いのだな、と思う。触れたい、と。

彼が帰るのを見計らって友達に謝って店を出た。

「お疲れさま」

「…おう」

いたのか、と別段何の感情も無く彼は言う。わたしに何も期待していないし、興味も無いのだろう。ホテルに行こうと言うと彼は拒否しなかった。

彼はずっと煙草を吸ってビールを飲んでいた。わたしはそれを眺めて、たまに貰い煙草をしながらうつらうつらしていた。彼の声が聞きたくて話しかけると、とても面倒くさそうに返事をしてくれて嬉しくなった。セックスをしても彼はきっと喜ばない、そう思ってずっと彼にキスをしたい欲求を抑えていた。

気付くと朝になっていたからふたりでホテルを出る。日が昇りきっていない夜明け前が好きだと言うと、彼が笑った。

「俺もだよ」

前髪に邪魔されず、彼の瞳を見たのはこの時が初めてだった。珍しくわたしの目を見て、笑っていた。

彼の長い指を触ると振り払われてしまった。そのまま無表情になって歩いて行く。
ポケットには彼のジッポが入っている。渡さずに別れよう。また、会える。

わたしの事を嫌いになっても良い。鬱陶しい女だと思われても構わない。ただ、夜明け前の灰色の世界をふたりで手を繋いで歩いてみたかった。

ポケットの中に手を入れてジッポに触れながら、背中を丸めて歩く彼を追いかける。

この日、わたしは恋に落ちたのだ。

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