ボニーアンドクライド

「なんで」

そんな事、本当は聞かないで欲しい。泣きそうな顔をしている。抱きしめてごめんね嘘だよと言えたらどんなに良いだろう。

「ごめんね」

謝罪では無くて理由を教えてくれと彼は言う。理由は彼では無い男とセックスをしたからだ。ずるい考えだが、それだけなら言いさえしなければある程度の期間は関係を続けていけたと思う。

でもわたしは思ったのだ。彼では無い男とセックスをしているときに、ふと、彼からもらった愛情にお返しを出来たことはあるのだろうか、と。

男女の恋愛では、好きになってくれる男と一緒に居る方が幸せなんて話を聞くが、わたしたちはまさにそれだった。彼はわたしのことが好きだ。その感情の出所は、未だに分からない。

「理由、は、」

なんと言えば良いのだろう。釣り合わない、申し訳ない、いや、正確に言えば多分恐怖だ。怖いのだ。お返しを出来ていないことを彼はきっと何とも思っていないし、それを責めたりする日は来ないだろう。それでもいつか彼が優しくて朗らかでいつも笑っているような子を選びたいと思ったときに、彼はきっとそうしない。

彼の幸福をわたしが阻害することが怖い。今それを言葉にして伝えたとしたら彼はきっとかぶりを振って否定するだろう。わたしのことが好きだから。でも、わたしもあなたのことを大切に思っている。この気持ちだって無下にされるべきものではないのではないか。

彼ではない男とのセックスは、あまり良くなかった。楽しくも、気持ち良くも無いただの掃き溜めだった。だから思考が働いたのだろう。彼にお返しがしたい。わたしは居ない方が良い。
彼のセックスはとても優しくて、新しい刺激を与えてくれるようなものでは無いけれど安心するし、満たされる。だけどもうそれを受け取る資格も無い。

ぼんやりと考えていると、彼はぽつりぽつりと話し始める。

「ただそばに居られるだけで良いよ、何も要らない」

知ってるよ、だから、だめなんだよ。

「教えてよ」

「何でも良い。あなたが言いたい事だけで良いよ。本当のことなんて、僕たち2人で決めたら良い」

「昨日きれいな夕焼けが見えたとかそんなことで良いんだよ、そんなことだけで生きていくのだって良いじゃ無いか」

「僕はあなたと生きたいんだよ」

「それを否定する権利は僕にしか無いよ」

別れるなんて、そんなの無理だ、とそう言う彼の表情からは悲しみが消えていた。わたしが離れていかないと思っているんだ。わたしは知っている。この先の人生でこの人以上にわたしを受け入れてくれる人なんて現れない。知っているけど、恐怖は無くならない。伝えなければ。わたしはあなたに。

「幸せでいて欲しい。あなたにだけは笑っていて欲しいから、一緒にいたくない」

夜の真ん中で彼が笑い出した。やっぱりわたしは彼の笑顔が好きなんだと思う。もっと彼のために出来たことがたくさんあったような気がしてくる。後悔とは似ても似つかない感情が湧き上がる。これは、何なんだろう。

ようやく彼が笑っている事実に頭が追いつく。
夜の真ん中。晴れていたから、星が出ているかも知れない。彼の頬に触れる。本当は触ったら駄目かも知れない。

「楽しいの?」

彼は頬に触れるわたしの手を握って両手で握りしめる。こちらを見る目の中にわたしが映っている。わたしの表情。

「本当に、あなたは馬鹿だなぁ」

彼はわたしにキスをしようとする。そんなこと、して良い訳ない。わたしは彼を傷付けた。反射的に顔を離そうとすると、また笑う。

「だったら、考えなければ良いよ」

開いたままの窓から風が吹き込む。明かりのともっていない部屋にカーテンが舞っている。星が砕けて散らばっているみたいだ。

彼の指がわたしの腕に、肩に触れていく。違う男が撫でたのと同じ体を。

わたしに考えるなという。彼は昨日までと何も変わらずにわたしを受け入れる。

わたしは彼を見つめながら頭の片方で昔みた映画のことを思い出していた。

風が吹いて、わたしたちの間に星を散りばめている。

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