マガジンのカバー画像

みぞれ

21
ななと東城
運営しているクリエイター

記事一覧

みぞれ・あとがき

みぞれを読んで下さった方、本当にありがとうございます。

以前、粉雪という曲が流行りました。その話をどなたかがテレビでされていて、積もるのは粉雪では無くてみぞれのようなべちゃっとした奴だ、と仰っていました。1度積もってしまえば水はけも悪く、降ったことなど忘れた頃にこんな所にまだ、となるような。なんだか恋愛のようだなと思ったことがあります。

ななにはモデルがいます。わたしは彼女のことが本当に好きで

もっとみる

みぞれ・19(最終話)

「ごめんね、遅れちゃって」

「うん、大丈夫」

七夏はそう言って、黒い鞄からシンプルなシルバーのリングのついた鍵を取り出す。鍵は4つ付いている。ホットコーヒーを飲みながら東城はその様子を見ている。

「ありがとう。気を使わせちゃったね、部屋の鍵だけ置いていけばよかった」

思ってもいないことを口にする。これは無意識だ。東城は色々な場所で色々な人に会い仕事を集める。その為に良い印象を振りまいている

もっとみる

みぞれ・18

コーヒーショップのテラス席に七夏が座っている。鍵を渡すだけなら何も飲まないかも知れない。店内の席に着くのは居心地が悪いかも知れないと思ったからだ。

逃げたい。会いたくない。そんなことばかりを七夏は頭のなかでぐるぐると考える。2人が約束をして会うのは初めてだ。何がそんなに嫌なのか考えられるまでには余裕がなかった。むしろ考えないようにしていた。期待をすれば、東城はそれに応えようとしてしまうかも知れな

もっとみる

みぞれ・17

「はい、グランディール東城です」

「もしもし」

「ああ、なっちゃん。ごめんね鍵」

「ううん。どうしよう」

「…どうしようか。今どこ?」

「今、会社出たとこ」

「そっか、じゃあ近いね。取りに行くよ。時間潰せそうなところある?多分20分くらい」

「…うん、わかった」

「ありがとう。また電話するね」

みぞれ・16

後は明日の引き継ぎをすれば今日の仕事は終わりだ。パソコンを開き緊急の連絡が無いかチェックする。残業にはなりそうにない。

朝から迷ってもうこんな時間だ。鍵が無くて困っているかも知れない。分かってはいてもなかなか気が進まない。ポストに入れておこうかと思ったが、オートロックの外でしかも部屋の番号が分からなかった。何度も行っているのにおかしな話だ。部屋のものだけでは無いようで4つ鍵がついている。尚更、電

もっとみる

みぞれ・15

電話が鳴ったときはまだ会社に居た。明日までに仕上げなければいけない仕事をあらかた終えて帰ろうかと思っていたところだった。大久保さんの携帯から聞こえたのは始めて聞く女性の声で、仕事の同僚のような物だと言った。

車を手近なパーキングに止めて歩き始める。何故俺に掛かってきたんだろう。彼女が言ったのだろうか。だとしたら、何だというのだ。俺に出来る事は変わらない。

聞かされた店の中に入り連れが居ると告げ

もっとみる

みぞれ・14

手を繋いでいた。引っ張られていたと言う方が正確かも知れない。また記憶が曖昧だ。でも、今指に触れているのは東城さんの手だ。

暗いから夜だ、と思った。上を見上げるとオリオン座が見えた。東城さんに教えてあげたかったけれど、振り返ってわたしがいるか確認する様にこちらを見た彼は、いつもの部屋で笑いかけてくれる彼では無くて言葉が出なくなってしまった。

どうすれば笑ってくれるんだろう。分からない。頭が上手く

もっとみる

みぞれ・13

「それにしても、岩井さんを振る男って何なんですかね?意味不明!」

店長はご立腹だ。この2人はあまり接点はないはずだがやはり店長、世話焼き体質なのであろう。個室に移り早々に煙草を吸い始めた。もちろんわたしに断りを入れてから。

「店長優しいなぁ。しょうがないよ、わたしじゃ駄目だったんだもん」

ななちゃんが珍しくため口で話している。そうか、この2人は同じ年頃だ。ななちゃんの言葉には異議ありだが店長

もっとみる

みぞれ・12

タイミングとして今日は絶好だろう、明日は休館日だ。最近の彼女は勤務が終わるとそそくさと残業もせずに帰って行く。話を聞きたい。
休日前夜などデートにはうってつけだから先約が入らぬよう先週から手を打っておいた。職場から近い飲み屋で良いだろう、予約をしたいところだったがさすがに仕事帰りの飲みにそこまですると気負わせてしまうかも知れないのでやめておいた。なんにせよ楽しみだ。やり残しがないか再度チェックをし

もっとみる

みぞれ・11

名前が同じだ。あの日彼女の携帯電話に表示された名前。久しぶりに面と向かって会うからか再度渡された名刺を眺めながら先ほどの様子を思い出す。大久保さんではなく彼女を見ているように見えた。
いつもの赤らんだ顔ではなく、二人で笑いながら歩いていた。今日は見た事のないベージュの靴を履いていた。この男が彼女の恋人なのだろうか。少し動揺しているようで煙草に火をつけるのも忘れていた。

少し前までの彼女は何かから

もっとみる

みぞれ・10

今日は焼き肉だ。少しおしゃれで綺麗な個室のある店。定番のイタリアンと映画はもう済ませた。
今日で3度目だ。そろそろ手を出しても良いだろう、家から近い店にした。盛り上がらなかったときのために二件目に丁度良いバーも見繕ってある。綺麗に掃除もしてコンドームも買っておいた。準備万端だ。

彼女とは友人の紹介で出会った。笑顔がかわいい、よく気の付く子だ。合コンのような場だったから下品な言葉も飛び交ったが場の

もっとみる

みぞれ・9

今日もよく飲んだ。元々酒には強いから潰れたりすることは滅多に無いが、彼女は違う。毎回、必ずと言って良いほど飲み過ぎてそのまま朝まで寝てしまう。
二日酔いになっていないのか聞いてみたいがいつも、朝にはいない。目が覚めるとベッドが整えてありテーブルのゴミはまとめられている。毎度、律儀だなと思う。

酔っているときの彼女はとても色っぽい。飲むとすぐに赤くなる体、近くなる距離感。初めは誘っているのだと思っ

もっとみる

みぞれ・8

「お疲れ!今日もありがとね、ななちゃん!」

「大久保さん!いらしてたんですね、ありがとうございます」

「ねぇねぇ、ランチしよう」

「あ!ぜひぜひ!行きたいです!」

研修中よりも砕けた笑顔だ。意図的かも知れないが嬉しそうに答えて貰えるとやはり嬉しい。本格的に異動の話を進めても良いかもしれない。この子が部下になったらとても助かる。わたしが指名をして前に出してしまったせいで部署内でほんの少し軋轢

もっとみる

みぞれ・7

「基本的なルールは以上となります。ここまでで何かご質問はございますか?」

黒縁の眼鏡を掛けたスタイリッシュなスーツを着たいかにもアパレル、な男性が手を上げる。

「はい」

「先ほどの申請の件ですが、基本的にはウェブからの申請、と言う解釈であっていますでしょうか?」

「はい、そうですね。お手元の資料の5ページ目の…」

講師をしている女性が丁寧に解説をし始める。正直なところ、質問の内容はもう説

もっとみる