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本のご紹介 「旅する練習」

本のご紹介 「旅する練習」
乗代雄介 「旅する練習」 (講談社 2021年)

売れない小説家(売れない、というのは勝手な想像ですが)の「私」と、小学校を出たばかりの姪っ子の亜美は、一緒に徒歩の旅に出ることにします。サッカー少女の亜美はボール扱いの練習をしながら、私は文豪の足跡を訪ね見たものを記録しながら。時は、コロナ禍が始まったばかりの春先。目指すは、サッカーの街、鹿嶋。道中、若い女性と出会い、行動を共にするうちに、亜美と私は女性の心中を知ることとなります。ささやかな友情を育んだ二人でしたが…。

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作中、所縁のある文豪だけでなく、ジーコの逸話がしばしば挿入されています。サッカーJリーグ設立当初に、ハンデの大きかった鹿島アントラーズを優勝に導いた手腕は、とりたててサッカー推しでない私にも、まだ記憶に新しい。そういえば、Jリーグ設立直前のアントラーズの試合(vsヴェルディ)を、大学の先輩が見せに連れていってくれたことがあったな。改築前の国立競技場だった。

ジーコいわく、「人生で決して忘れてはならない二つの言葉は、忍耐と記憶だ。忍耐という言葉を忘れない記憶が必要だ」。練習には忍耐が必要で、そのことを忘れてはならない、というのはすっと理解できます。けれども、亜美と「私」にとっての忍耐と記憶とは?

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亜美が天真爛漫で、若い女性は鬱屈から解き放たれどこか清々しくなっていくのに対し、「私」のべたつくような感傷(「私」が売れない作家だから?)が不審でもどかしく、読み進めるのに多少難儀しました。けれども、この“謎”は、最後の最後の十数行で、腹落ちしました。腹落ちしたけれど、何とも言えない気持ち。

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読んでよかったです。お勧めです。

(おわり)

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