半世紀ほど前の炭酸の思い出・3題
半世紀ほど前の炭酸の思い出・3題
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」
珍しくお題企画に乗っかって、子どもの頃の「炭酸の思い出」を書いてみたいと思います。しかも3題も!酸(さん)だけに。
1.炭酸水は自宅で作るものだった
昭和40年代末から50年代始め、今から半世紀ほども前。小学校に入学するか、くらいのチビだった私の家には、炭酸水メーカーがありました。ピッチャーに水を満たし、銀色のカプセル(カートリッジ)を機械に装着してでっかいレバーをぐいっと押し込む。すると炭酸がじゅわっと噴き出してピッチャーの水があら不思議、しゅわしゅわの炭酸水に早変わり!子どもながらにわくわくしましたね。
いつの間にか、炭酸水メーカーは使わなくなりました。ペットボトルの炭酸水が買えるようになったからでしょうか。ペットボトルは便利ですけど、こういう“わくわく感”は失われてしまいがちですね。
2.カルピスソーダが画期的だった
我が家の近くには、カルピスの工場があったのです(すでに閉鎖済み)。そのためか、我が家の夏の飲み物の代表選手はカルピスでした。紺の水玉の化粧紙にくるまれた瓶からカルピスの原液を注ぎ、冷たい水で割って飲むのです。かき氷にシロップ代りにかけたりもしていたな。
ところがある時、カルピスソーダなる飲み物があることに気づきます。カルピスがちょうどよい濃さにすでに割られている、しかも炭酸で!子どもながらに感心しながらいただきました。美味しかったな。そういえば最近手にしていない。また飲みたくなりましたね。
3.世間様より一足早く手に入れ、楽しんでいた炭酸飲料があった
亡父の兄(おじさん)は、長く横須賀のベースに勤めていた人でした。当時の日本では手に入らない米国の産品が、基地内の売店で買えるのだ、ということで、珍しいお土産をいくつももらっていました。
その中に、当時まだ国内で発売されていない炭酸飲料があったのです。Mountain Dew(マウンテンデュー)。オレンジなりブドウなり、既知の食品の味とは異なる不思議な甘さがアメリカ的だなと勝手に思っていました。好きでしたね。半年に一度家族で訪問すると、1ダースほどお土産でもらえたので、大事に飲んでいました。懐かしい。その後まもなく国内でも販売されるようになりました。あまり見かけませんが、今でも販売されているようです。
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こうしてみると、炭酸の思い出はいくつも浮かびますね。ありきたりな表現ではありますが、炭酸はそれだけ身近な存在だということなのでしょう。いろいろ思い出して、懐かしく、ちょっと切なくなりました。よい企画に参加することができました。ありがとうございます。
(おわり)
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