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「危険を減らすこと」と「安全を増やすこと」、どちらも大切

「危険を増やすこと」と「安全を増やすこと」、どちらも大切
サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ・その24

※長く勤めていた精神科病院を退職し、“街の心理士”へと華麗なる転身?を果たした「りらの中のひと」が、心理学やメンタルヘルス、日々の出来事などについて感じることを綴っています。

 「危険を減らすこと」「安全を増やすこと」、どちらも大切にしたいですね。文字に起こしてみると、しごく当たり前の内容なのですが、当然すぎてしばしば失念してしまうことを、あえて改めてお伝えすることも、街の心理士の役割と思うので…。

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 先日、何かのローカルニュースで、地域の子供たちが事故や犯罪に巻き込まれることを防ぐために、子どもたち自身が地域の“危険個所”をチェックしマップにして共有した、という話題を取り上げていました。これは「危険予知訓練(KYT)」の手法を応用した予防教育ですね。KYTは、工場や現場などで働く方はよくご存じだと思います。私たちの活動場面を振り返り、そこにどのような危険があるのか関係者で確認共有し、危険を除去する手段を検討する、というものです。この手法は、医療を含めたあらゆる産業分野で活用されているものですが、教育現場でも用いられているのですね。

 この手の話を聞くにつけ、思うことがあります。それは、折角ならば、地域の“危険”だけでなく、“安全”も学んだらいいのにな、ということです。二つほど例を挙げ、考えてみましょう。

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 ひとつは、件の「子どもが事故や犯罪に巻き込まれることを防ぐための、教育的関与」についてです。

 例えば、道路の生け垣が茂りすぎていて見通しが悪いと、向かってくる自転車や自動車が見えにくく、事故が起きるリスクを高めます。生垣に不審者が忍んでいれば、犯罪のリスクにもなるでしょう。生垣を適度に刈っておく、または子どもが生垣に近づかないことを徹底すれば、事故や犯罪のリスクを相当減らすことができると思われます。そして、子ども自身が、生垣と同じように、高いブロック塀も危険だな、と判断できるようになれば、子ども自身が街なかのさまざまな危険を回避する行動をとることができるようになります。これが、KYT手法によって期待される効果ですね。

 ところで、子どもの事故・犯罪(に巻き込まれることの)予防であれば、逆に、安全を高める地域の資源を理解することも、子どもの役に立つはずです。例えば「最寄りの交番や役所の支所」を知っておく、「いつも開いていて必ず誰か店員がいる、何かあれば駆け込める地域のお店」を見つける、など。「安全を増やす」という視点も、実は大切なことが分かるのではないでしょうか。

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 別の例を考えてみましょう。

 私が精神科病院に勤めていたとき、デイケアを利用される外来患者様に、災害時に我が身を守るための心理教育プログラム(いわゆる防災教育です)を実施していたことがあります。

 防災教育では、まずいかに危険を回避するかが大切となります。大地震で“飛んでくる”家財がないようしっかり固定する、緊急地震速報発報時には素早く身を守る姿勢を取る、などです。そのために、患者様とKYT手法のグループワークを行ったり、シェイクアウト訓練(合図とともに、素早く身を守る体制をとる練習)を行ったりしました。

 ところが、東日本大震災を経験して、少しく考えが変わりました。公共交通機関が長時間不通になった状態で、とある患者様は、仲間と連れ立って行きつけのカラオケボックスの部屋を押さえて待機場所を確保し、別の患者様は、通りがかりの会社員に声をかけ、助け合いながら徒歩で自宅を目指したのです。「行きつけのカラオケ店があること」や、「対人交流に自信がありスキルがあること」(デイケアでの集団活動が、患者様のスキルを培う役に立っていたのなら、これほど嬉しいことはない)が、患者様の安全を高める重要な要素となっていたのです。

 その後の防災教育では、危険の回避とともに、安全を高めるための働きかけを重視しました。例えば、大規模災害発災直後は、物資の供給が滞ります(東日本大震災で経験しましたね)。ふだんから食事をコンビニやスーパーの弁当に依存していると、たちまち路頭に迷うことになります。ふだんから多少の自炊ができること、自炊のために自宅に食材(米とレトルト食品で充分)があることが、患者様の役に立ち安全を高めるのですから、簡単な調理実習を繰り返すなどするようになりました(最近では、ローリングストックなどという言葉も、一般に知られるようになりました)。

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 「危険を減らすこと」と「安全を増やすこと」は、視点がずれているだけで、同じ事象の裏表なのかもしれません。けれども、異なる視点を持つことで、より対処能力を高めることができれば、それに越したことはありませんよね。

 街の心理士として、「安全を高める」視点を忘れず、これからも活動・発信していきたいと思います。

※メンバーシップ(メンタルヘルスをまっすぐに語り、創り、発信する会・身近な「トラウマ」を考える)掲示板に投稿した内容に、大幅に加筆し公開しました。

(おわり)

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