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メリーゴーランドの行き先。【ショートショート】彼女 ver.

小さな頃から、いつも隣に音楽があった。

シューマンの「トロイメライ」。ショパンの「24のプレリュード」。両親が子守唄代わりにいつもかけていたそれらを聴くと、幼い私はあっという間に寝入ってしまっていたらしい。

ピアノ教室にも通っていたが、小学生の頃にやめてしまった。今では家にあるピアノを時折忘れない程度触れるだけになっている。



しかし、先日行った音楽コンクールで抜群に上手い子がいたのだ。ホール全体をピアノの音に巻き込むかのように、一瞬ですべてのものを飲み込んでしまう。きっと天才というのはああいう子をいうのだろう。

囁くように、木々が風に揺れて話しかけるように。なのに世界中に響かせて包み込んでしまうような。一体どうしたら、そんな音色を奏でることができるのだろうか?


私も、やってみたい。



そう思い始めると無性に止まらなくなって、放課後の音楽室で知っている曲を飽くことなく弾きまくった。西日が斜めに差し始めた窓辺はまだ昼間の暑さを残してて、それでもピアノまでは届かない。これじゃ足りない。それは分かってるのに、何が足りないのかがわからない。

どんなにうまく弾けたと思っても、あの子の音が蘇ってくる。違う、もっとうまく。焦れば焦るほど指に汗がにじみ、どんどん音がずれて行く。

ふと思い出す。幼なじみの彼がさらっと「やってみればいいじゃん」といったこと。

そしてこう付け加えた。

「夢中になれるものがあるなんて、かっこいいな」

と。


彼はいつもどこか冷めているように見えた。勉強もスポーツもやれば何でも人並み以上にこなせてしまう。それ故に夢中になれるものが何もないという。

そんな彼は上京して都内の理工学部に通うことを目指している。私はまだ迷っていた。まだ将来なんてちっとも見えないのに、今進路を決めなければいけないなんて。


スマホが振動する。

“どこにいる?”
“音楽室”



しばらくしてドアが開くと、彼は手近な椅子を引っ張ってきて背もたれを肘掛けにしながら座った。


「何か、弾いてよ」





夕暮れの街。
人々の帰り道を照らす導きとなるように。

つまずいても、嫌になっても、それでも進んでいかなければいけないこの道。背中を無理に押すわけでもなく、明るい方向に連れて行くのでもなく、ただ寄り添うようにそこにいてくれるもの。そんな温かい気持ちにさせてくれるこの曲が好きだった。

「ハウルの動く城、か」


「やりたいことを探すのに、遅いことなんてないよ」

この前の仕返しだというようにそういうと、彼は照れたようにそっぽを向いた。それでもちゃんと聴いてくれてることはわかる。彼にだけ伝わればいい、とも思う。でも、やっぱり。1人でも多くの心を震わせることができたのなら。



「よし、帰ろ」

暗くなりかけた帰り道、遠くから花火の音が聞こえた。つい空を見渡すが、光のかけらさえ見えない。

「今日、花火大会だっけ」

「あとで見に行こうよ。いつもの場所に集合ね」

私たちの秘密の場所。
花火がよく見える高台は少し入り組んだところにあって、地元の人以外あまり知られていない。いつも家族で来てたけど、だんだん皆では来なくなってついには私たちだけだ。

そう意識すると頬が赤くなるのが自分でもわかる。つい手を当ててみるが、薄闇の中で彼が気づいた様子はまったくない。

「じゃあ、またあとで」


私の前に立ちはだかっていると思ったもの。それは実は自分で置いたもので、いつでも取り除くことができるってこと、本当は知ってた。

まっすぐではないかもしれない。
人とは違うかもしれない。
でもその行き止まりまで行って、道なき道を探して足掻いたっていいんじゃないだろうか。
これは、私の人生だ。

街灯が立ち並んだ帰り道、空に星が瞬き始めていた。虫たちがそこかしこで演奏会を開いている。夏の匂い、草の匂い、夜の音。まとわりつく音のひとつひとつを余すことなく取り込んで、私は私だけの音を紡いでいく。

背中でまた花火の上がる音がして、私は家まで脇目も振らずに走った。




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