大自然のデザインの凄さを実感する、何気なく目にする「落ち葉」に込められた意味とは?
「保水力を失った山が崩れてしまうことで、落石や土砂災害の危険性が高まる」。
こうした危険性が現実化して被害をもたらすニュースもときどき目にします。
私たち人間の都合で山を切り拓いた結果が引き起こした面が強い、と思うのですが・・・
そんな思いを持ちながら先日、冬山の山肌一面を覆う無数の落ち葉の姿に「ある意味」が込められていることに気づいて深い感動に包まれたので・・・
その感動を、この場に書き残したい衝動に駆られました。
それは、もの言わぬ自然が、私に与えてくれた心の感動を通じて「自然からのメッセージ」を伝えようとすることなのだろうな・・・と思います。
・・・
日頃、気にも留めない存在の、足下に何気なく存在する落ち葉。
うろ覚えな記憶をたぐると、学校の教科書には「落ち葉は土に還って養分となり、未来の草木の栄養になる」・・・大自然における素晴らしい循環。
そんな程度の認識で、2年以上山籠もりを続けている私も、つい最近まで落ち葉に深い注意を向けることはなかったのですが・・・
先日、雨上がりの冬の寒空の中、潤いを含んだ無数の落ち葉を目にしたときに、ふと3つのことに気づいたのです。
そうした気づきを得ながら、一歩一歩をかみしめるようなゆっくりした足取りで景色に心が浸る感覚を持ちつつ、無数の木々や落ち葉で覆われた山肌、急斜面のシダ植物や苔たち、枯れ葉を眺めながら思いを馳せていくと・・・
それぞれの存在が、「ああ、やっぱり山肌を守ってるよな・・・」と感じずにおれませんでした。
冬にかけて一斉に葉を落とす役割を持つ樹々と、緑を維持し続ける樹々の見事な分担。
生命を終えた落ち葉たちに託された、樹々の生きる場に潤いと持続の場を守る役割。
・・・何一つ無駄がなく、それぞれの存在が大きな意味を持つ大自然の素晴らしいデザイン。
生命の営みの連鎖のあまりの素晴らしさに、小さな落ち葉たちの持つ素晴らしい役割に・・・
深い感動とともに、こみあげてくる何かに胸が熱くなるひとときでした・・・。
秋が終わると一斉に散る膨大な落ち葉の持つ、大自然の圧巻のデザインと意味の凄さに・・・
この小さな葉っぱたちの生き方に、きっと私たちの生きる指針となるヒントが隠されている、と思います。
それが理解できたとき、「死ぬことの怖さ」が和らいだりなくなったりするのかも・・・?
これから学ぶべき方向性を教えられた気がする一日でした。
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今回のブログと重なるところを記したものを、私自身の備忘録として貼っておきます。
石垣島と宮古島を旅した時に「サンゴ」の姿から得た気づきと重なるところが多いです。(最近、サンゴについてほかにも気づきを得ました・・・)
こちらは、石垣島(竹冨島)の砂浜で気づいた、「サンゴの死骸と海の浄化」が次世代のサンゴを守る素晴らしいデザインです。
こちらは、「サンゴが陸(やバリアリーフ)と一体化する」ことについて書いています。なぜか印象に残りましたね・・・。
こちらはサンゴの悠久の営みが醸し出す美しさに思いを馳せたときに思わず泣いてしまった話です。(今回の落ち葉にも似た感覚がありました)
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そしてもう一点。
地球の「傷口」を覆う緑のデザインと今回の落ち葉のデザインが持つ意味も重なったように思います。
大自然の持つ「永続性」のデザインの根本だと思います。
・・・
続いて、「人類」と「自然」の関係を良くするカギは、「心」にある、という私の見解を。
私たち人類が今やっていること。
「開発しましたー!」
「発展しましたー!」
「経済成長しましたー!」
・・・欲望が満たされて快適さが増した裏側で見失い、忘れ去られていくことこそ、本当に大切なことのように思います・・・。
欲望から解放されるために必要なことは、以下のブログにて。
・・・以前ブログに書いたコメントですが、
「人類は頭で考える時間が多すぎて、心で感じることがどんどん失われてしまっている・・・」
「頭」で見る景色と「心」で見る景色の違いを通じて、本当に大切なものへの気づきに近づけることを書いています。
➡その先に待つ「心」の状態について語っています。
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