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救い

 その本に出会ったのは、18の時だった。
 
 大学に入って一番最初に行った新歓で1人の先輩に出会った。何も話さず、お酒を一滴も飲まなかった私を興味津々につきまとってきた。無視しても飽きず、集団が苦手な私を気遣ってくれた。
私はずっと偽って生きてきたため、家族も本当の私を知らない。演技し続けて生きてきた。だから、声かけてきたのだって偽ってる私を見て寄ってきただけだと思ってた。
 
 新歓の帰り道、私をまじまじと見て、
「ある作者の作品に出てくる女性達に似ている」と言ってきた。
意味が分からなかった。高校生の時読んでた本は自己啓発本で、小説は読んでこなかったのだ。小説の世界は現実とは違う。だから読んだって何の役にたつのか分からない。そう思っていた。
「どういう意味なの」
私は聞いた。読んでみたら分かるから今度貸すよ。歩きながら先輩は言う。本が好きでびっくりした。だって、ただ一年狩りをしている危なくてチャラい人だと思っていたから。帰してくれないでホテルなどに連れ込まれるのかと思っていた。彼は私の考えを読んだかのように笑った。

 しばらくの間、連絡もなく日々過ぎていった。1週間経つ頃には私は本のこと自体忘れていた。

 私は新宿にいた。出かける用事がなく、結局会うことにしたのだ。初めて2人で会ったが、どこかにお茶するわけでもなく真っ先に新宿本店の紀伊國屋に向かった。2人自由に面白そうな本を見つけてくる。棚から棚へと視線をさまよわせる。ふと、先輩が立ち止まり一冊の本をお勧めしてきた。どんな本を進めてくるのかと、鼻で笑いながらその本を手に取ったが、いつのまにか笑いは消えていった。この本は、最近話題になっている本でもなく、私の好きなタイプの本だった。私は勧められた本をペラペラとめくった。これを買うべきだろうか。それとも、もう少し見てからにしようか。悩んでいたらプレゼントされた。私は暇つぶしに読んでみようと思ったのだった。

 昔に作られた話としては現代的だし、読みやすかった。私は夢中で読んだ。恋も知らない幼い私。その本に惹かれ他の本も読みたくなった。

 本は世界中どこにでもある。私はその中の作者に惹かれてしまった。

 出てくる女性に私が似ていると言われたことをすっかり忘れていた。だから思い出した時、ぽかんと本を眺めてしまった。この本にでてくる彼女と私はとてもよく似ていると気がついた。けどまさか出会った初日に先輩が私の中身を知るはずがなかった。心の中を読めるわけがなかった。

 本を読むと人を見る目が育つらしい。先輩は行きつけのバーらしき所で楽しそうに話していた。
初めて自分の中身を知られ、新しい楽しみを見つけられた。

 私はその小説に会って救われた。

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