毒消し
ふっと目が覚めると揺れていた。地震だ。
揺れが強くならないでほしいと思いながら、ガーゼケットを引き寄せた。足がすこし冷えている。窓の外はとても薄い水色に、灰色がほんのり混じったような空合。
こんなときにつらつら思い出すのは、会いたい人のこと。会えなくなった人のこと。
春から仕事が再開した。
「この状況で、復帰なんて大変だね。」「この状況で、よく戻ってきたね。」「おかえりなさい。」等、たくさん声をかけて頂いた。冗談まじりで「戦時下みたいな状況」という声も聞いた。戦時下。
普段の業務にさらなる消毒作業が加わり、物資不足から手袋もつけない状況になり、さらなる手洗いから手荒れがずっと治らない。
仕事の感覚もだんだん思い出してきて、掃除も消毒もルーティンとして慣れてきた。
この状況。そう、去年はまったく予想もしていなかった。
復帰してから、残念な知らせをいくつか聞いてやるせない気持ちになった。
はじめは違和感があっても、だんだん見慣れていく町中のマスク。小さな子は小さなマスクをつけて、大きなマスクをつけた大人に手を引かれて歩いている。
みんな外を歩くときくらい、マスクを外せばいいのにと思う。
前はプライベートではあまりマスクをつけなかったけど、なにかあったら嫌だから、なにか言われたときに面倒だから、という理由で買い物のときはマスクをつけるようになった。
マスクがないと、入れないお店も出てきた。
レジ前のビニールや、直接お金を受け渡さないためのトレイ。吹きかけられるアルコール。積み上げられたマスク。
何にどこまで効果があるのかはわからないし、どこまでだれまで感染しているのかもわからない。
もともとマスクはあまり好きじゃない。表情が半分がみえなくなる。肌がかゆい。
それでも「予防のための」「もしも自分がウィルスを持っていたときに撒き散らさないための」マスク。
マスクを外すとほっとする。
外に出てマスクを外すと、その日の温度とか風とかにおいが感じられる。
今は、すこし雨のにおいがしてひんやり。それから緑色のにおい。
目が覚めちゃったから、お湯を沸かそうかな。
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