私の歴史~~武術に憑りつかれた男13
仕事を憶えるのは結構大変だった。
まず、あつかっている商品が中高年の婦人向けセーターだった。
私には何の興味もないし、商品の良し悪しも全くわからない。
なんの興味もない商品の名前、原価、商品番号、品質・・・・・。
憶えろと言われても、頭に全く入ってこなかった。
まあ、仕事はなんでもいいと思って入社したのだから、しかたがないが、憶えられずに上司に叱られるのは腹が立った。
私の上司は、社長のご子息で常務だった。
柔道3段で同じ高校の柔道部出身だ。
小柄だが筋骨隆々で、いかにも俊敏そうだった。
しかし、柔道をやれとは言われなかった。
常務が夢中になっているのは、ゴルフだった。
当時は、ゴルフブームで、取引先の社長、客先のバイヤー、仕事関係のほとんどの人たちがゴルフをやっていた。
したがって、常務は私にもゴルフを勧めたが、私は絶対にやりたくないと思っていた。
なぜなら、ゴルフをやれば、土日祝日、ゴルフに付き合わされて武術を稽古する時間がなくなるからだ。
常務としては、こいつ、使い物にならないなと思っていたと思う。
入社して間もなく、取引先を一緒に回って「今度新しく入ったのでよろしく」ということで、私を紹介していただいたが、その時、鮮明に憶えているのは、仕入先メーカーのN社の専務に「こいつは時間がかかる」と苦笑いしながら私を紹介していただいたことだ。
仕事で誰にどう思われようと関係ないと思っていたが、こんなふうに取引先に紹介されて、くやしいと思った。これでは、最初からこいつは使い物にならないかもしれないけど、よろしく、と言われたようなものだ。どうでもいいと思っていたが、なぜかとても悔しかった。
柔道3段、上等じゃないか!
私の少林羅漢拳と太気拳の敵ではない!
常務と戦いのシュミレーションをして、勝てると思っていた。
今、思い出すと、その当時、私を馬鹿にした人たちに対して、常に戦いのシュミレーションをしていた。
ああ、こいつには勝てる。
こいつは、少してこずる。
まあ、こいつとは互角かあ。
・・・・・・などと、考えていた。
私にとっては上司であろうと、お客であろうと、実際にケンカになったら勝てると思っていた。
柔道をやっている時はそこまでではなかったが、興味が中国武術に移った時から、人体を効率的に破壊するにはどうすればいいか?そんなことばかり考えていた。
そんな時、専務が私の態度を見てこう言った。
「石月君、先輩や目上の人から、何か注意されたりしても『この野郎!』なんて思ったらだめだよ。みんなあんたのために良かれと思って行ってるんだからね。」
専務は柔道5段。
社長の娘婿さんだ。
警察で柔道を教えている。
交通事故にあって片足が不自由だったが、プロレスラーのような体格だった。
この人とは、戦いのシュミレーションはできなかった。
足の不自由な人と戦いたくはない。
しかし、私がいつも思っていることを見透かされてしまった。
さすがだ、この人は人間的に尊敬できる人だと思った。
それにしても、今、客観的に自分をふりかえってみると、自分の馬鹿さ加減が恥ずかしい、というよりも、本物の大バカ者だったんだなと、人ごとのように感心している。