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誕生日の呪いを湯布院一人旅で解く

子どもの頃、私にとっての誕生日は、何ら特別なものではなく、ごく普通の昨日と同じ一日だった
大好物のご馳走が登場するでもなく、ケーキのロウソクに願いを込めてフーッと…なんていうものもなく、プレゼンをもらって狂喜乱舞、もなかった

友達のお誕生会に呼ばれて出かける時、他の子達は、玩具屋さんや文具店で買った、いかにも子どもがもらって喜びそうなプレゼントを用意して出かけたものだが
私の母は、我が子に買い与える玩具にも確固たる教育方針を持っており、例えそれが友達の誕生会という場であったとしても、主義が揺らぐことはなかった

「お母さん、○〇ちゃんのお誕生会に呼ばれてるんだけど…」
そう告げて、母が用意してくれたのは、気の利いた玩具でも文房具でもなく、手作りの「パウンドケーキ」だった
アルミ箔に包み、更に包装紙でラッピングしてリボンをかけてある
この包装紙やリボンさえも、お中元やお歳暮などでいただいたものの包装を綺麗に外してアイロンをかけ、ストックしているものだった

母は料理が得意だったし、ケーキを焼くのもとても上手だった
しかし、小学生の子どもの誕生会に、ひとりだけ母親が焼いたケーキを手に出かけるのは、かなり勇気を要したし、受け取った友達の反応も微妙なものがあった

今にして思えば、とてもお洒落で素敵なプレゼントだったんだけどね

結婚してからの誕生日もまた、嬉しい日ではなかった
そもそも、夫は私の誕生日を覚えておらず
何かを望むのであれば積極的アピールが必要だった

ある誕生日の当日、子どもを連れて買い物へ出かけた時の事
花屋さんの店先、青いバケツに入った大量の真赤な薔薇の花束が目に留まった

「ねえ、今日、私誕生日だから…あの薔薇の花買って欲しいな」
並んで横を歩く夫にそう話しかける
「欲しかったら買ってくればよか」
いや。そこはそうじゃなくてさ
「あ、そうだったね。よし…」とか言って貴方が買うとこでしょ
夫は、薔薇の花を一瞥しただけで、子どもの手を引いて、さっさと先を歩いて行った

また別の年の誕生日
仕事から帰って来た夫を子どもが出迎える
「あれ?お父さん、ケーキは?」
「はあ?何で?」
「え、だって、今日はお母さんの誕生日だよ」
一瞬考えた夫の次の言葉は
「もう…それならそうと何で朝言わんかったとね。やっと帰って来てビールが飲めるって思っとったとに。あーもう…」
そこまで不機嫌になる?って思うほど、夫は腹立たしそうに脱いだばかりの靴を履き、ケーキを買いに出ようとした
「良いよ。子どもじゃないんだし、ケーキなんてどうでも」無理やりの笑顔で夫を引き留めた

三人の子どもの誕生日、自分、それに何よりも、自分の母親の誕生日は一度も忘れたことがなかった夫

別に、どうでも良い…
心底、そう思った
誕生日などいっそその一日、丸ごと消えてなくなってしまえば良いとさえ思った

その後も、私は、自分の誕生日になると、「離婚」の言葉が飛び出すほどの大げんかが勃発したり…
何故だかわからないのだけど、とにかくろくなことがなかった

この負のスパイラルを、どこかでどうにかして断ち切ってしまいたい
流れを一気に変えてしまいたい
この歳になって初めて、そんなことを思った

さて、だったら何をどうする?

いつか叶えたいと常々思っていた一人旅をしてみよう!
何かが変わるかもしれない
いや、変わるに違いない

選んだ行先は「湯布院」
何でそこに決めたかは…ナイショ

しかし、福岡へ行く高速バスの予約さえしたことがない私
いつもどこかへ行く時は、他力本願で人任せ
チケットの予約はネットでも出来たけど、それも何だか不安だったので、直接、バスセンターの窓口へ行くことに
「すみません。湯布院までのチケットを予約したいんですけど」
初めて買うので、全く何もわからないと告げると、窓口のお姉さんが親切丁寧に教えてくれた
「お帰りのチケットもここで予約されますか?」
「はい」
「では、お帰りの日にちは?」
「当日の日帰りでお願いします」
「え?日帰り…ですか?」
湯布院までは、途中で乗り継ぎがあるため、片道4時間かかる
往復8時間かけて日帰りって…?とお姉さんはやや驚いた顔だった

そりゃあ~私だって、ほんとなら1泊ぐらいしてゆっくり温泉につかってまったり旅を満喫したいわよ
でも、それが出来ないのよね
何でって、猫がそれを許してくれない
ウチの猛猫、私以外の人を見るととんでもなく攻撃的になっちゃうから、ペットシッターも頼めないし、恐れをなして誰も預かってくれない
なので、日帰り
始発で出かけて最終で帰って来るという日程しかないの

無事にチケットの手配も済ませ、後は行くだけ
こんな緊張感をもって誕生日を迎えた事ってあったかな
ないよね
遠足前夜の子どもみたいに、ドキドキしながら夜明けを待った

9月13日、誕生日の朝、5時過ぎに起きて(というより前夜から殆ど寝てない)
部屋の中を片付け、猛猫のトイレの掃除をして、朝ご飯を食べさせる

いつも殆どスッピンの顔に、念入りにメイクをする
この日のためにと用意しておいた服に着替え、身支度の完成!
数時間の日帰りとは言え、持って行くものはそれなりにある
携帯用の消毒液、予備のマスク、最低限の化粧直しのあれこれ、ファスナー付きのビニール袋、ノートとボールペン、モバイルバッテリー、単行本、ハンドタオル、朝ご飯のおにぎりと水のペットボトル、エコバッグ…
何ともはや、最低限というのに何でこんなにモノを持ち歩かなければいけないんだろう

早朝の町は、まだほんのり薄暗くしんと静まり返っていて、驚くほど空気が澄んでいる
人気のないバスターミナルで手続きを済ませ、バスを待つ

時刻きっかりに高速バスが入って来た
さあ!いよいよ…行くよ!

席について最初に気が付いたのは「USB充電装置」が設置してあった事
これまで、自家用車での移動しかして来なかった私にとっては、そんな小さなことまでが感動の対象
思わずスマホを取り出し、写真を撮ってる自分が、初めての遠足ではしゃいでる子どもみたいでおかしかった

湯布院までの直行便はない
途中、高速基山で乗り継ぎをする

車窓に目をやる
朝が訪れたばかりの空
真夏のそれとは違い、薄めの青とかすれたような白い雲が一面に広がっている
何ひとつ遮るものがない、迫ってくるような青空
心の中で、すごいすごい!なんて綺麗なの!と、ひとり大喜び
空の広さを、この青を、私は一体どれだけ忘れて過ごしてきたのだろう

睡眠不足で瞼が重い
だけど、乗り継ぎの場所が気になって、とても居眠りする気分ではなかった

高速基山に着く
「乗り継ぎのバスは向かい側のバス停になります。」運転手はそう言ってバス停までの道順を記した小さな紙をくれた
「わかりますかね?」
「あ、大丈夫です!この紙を見たらわかると思うので。」
自信満々の笑顔でバスを降りた

で、どっち?
もらった紙切れを改めてじっくり見る
ん…で、私はこれのどこに立ってるの?
早速、迷子
今のバスから下車する時、どうせ他にも一人くらい降りる人がいるだろうから、その人にくっついて行けば楽勝!
なんて、いつもの他力本願モードだった自分を反省
降りたのは私だけ…
車だけがビュンビュン走り去っていく高速道路の傍らで、黙って突っ立っててもどうにもならない
周りを見回すと…おっ、看板発見!
「下り高速バスのバス停はコチラ➜」
下り…下り?下りって…どっち?
アタマの中を「?」だらけにしながら、取りあえず矢印の示すほうへと歩き出す
地下道を抜けた先に現れたのは、草ぼうぼうの農道みたいな道
え…まさかこんな道の先に停留所があるの?ほんとに?
歩けば歩くほど「そっちじゃないよ~」ってどこからともなく声が聞こえて来る感じ
数分歩いて、「間違い」に気が付いた
来た道を戻りながら、おかしくてひとり笑っていた
やっぱりこうなるんだよね…って

夜じゃなくて良かったわ~なんて思いながら、しばらく歩き進めてようやく「下りバス停」に辿り着いた

バス停の行先を確認
1番のりば…鹿児島、宮崎、熊本…ああ、なるほどね
2番のりば…大分、別府、湯布院!あった! え?長崎、佐賀???

私の頭の中には、地図がない、方角もない
この行き先を見て、安心するどころか、ほんとにここで待ってて良いの?と不安が消せない

ベンチに座ってバスを待ってるおばあさんが目に留まった
「すみません。湯布院に行きたいんですけど、このバス停で良いんでしょうか?」と聞いてみる
「湯布院…多分、あってると思うけどねえ。」
そう言いながら、到着予定のバスを知らせる電光掲示板で確認してくれた
不安ばかりでアタフタしてるだけの私
電光掲示板なんて、こんな確実なものがあった事にも全く気が付いていなかった

親切に教えてくれたおばあさん
長崎市内から宮崎の娘さんの所へ行く所
諏訪神社の神主のセクハラ問題が、長崎市民としてこの上もなく恥ずかしい
生きてる間は戦争のない平和な世界であって欲しい
3年中止になってるおくんちが、来年こそ実施されると期待してる

バスを待つ間に、これらの話題で盛り上がり、すっかり仲良くなっていた
私が、初めての一人旅で湯布院へ行くのだと話すと
「そりゃあ良かこと。家におとなしくしとるばっかりじゃ、緊張することもないけんね。たまにはドキドキすることのなからんば。」
77歳のおばあさん、どこかしら亡くなった母に面影が似ている気がした
健康寿命を延ばせるように、出来るだけ外へ出て人と関わるように心がけてるらしい

間もなく、おばあさんが乗る宮崎行きの高速バスが着いた
「コロナははよう終わって欲しかけどね。マスクはシワ隠しに便利やけん、このままずっと外したくないとけどね。」と笑い、大きなリュックをヒョイと背負って乗り込んで行った

その後しばらくしてようやく待望の湯布院行のバスが到着!
このバスは、湯布院が終点なのでしばらくの間安心して仮眠することが出来た

11時過ぎ、「湯布院駅前バスターミナル」に到着
乗り合わせたのは約10名ほど
休日は満席だったりするのかな

バスから降りて、深呼吸
さあ、行くぞー!と気合を入れたは良いけれど…
早速この時点で、現在地がわからない
人に聞く?いや…さすがに、駅前っていうぐらいだから、その辺のどこかに湯布院の駅があるはずよね

と、ちょうど目の前に若いカップル
持ち物からして観光客である事が読み取れた
素知らぬふりで、2人の後を歩いて行く (ある意味怪しい)
足早にどんどん歩いて行く2人
とある店先でパタッとその足が止まった
え?と思いながら看板を見たら…まさにそこは、私がこの日一番に行こうとしていたお店だった
何だか、案内して連れてってもらえたような感じ
予期せぬ幸運に、すっかり気を良くして店内へ

① 「由布まぶし 心」

湯布院のグルメで検索すると、真っ先に出て来るのがこのお店
予約優先で、シーズンには直ぐに満席になるらしい
昼食時の混雑で時間を無駄にしたくなかったので、少し早めのお昼を取る事に
この日は平日で、開店直後だったためか、まだお客さんはまばらだったけど、あちこちの席に既に「ご予約」の札が立っていた

王道の「豊後牛のひつまぶし」を注文
熱々の石窯の中に入っていたのは、出汁で味付けされたご飯、その上にそのご飯を覆い隠すように牛スライスが並んでいる
薬味(様々な漬物や佃煮)、調味料(柚子ごしょう、ワサビ、辛子味噌、山椒など)
それにお味噌汁(椎茸) のセット

1杯目は、そのままで
2杯目は、薬味や調味料を足して
3杯目は、出汁をかけてお茶漬け風に
という説明書きが置いてあった
豊後牛は、柔らかくて炭火焼の香ばしさが漂う美味しさ
これは期待通りね
薬味も色々あって試してみたけど…
私の一押しは調味料
全て試してみて、一番好きだったのは、辛子味噌
辛さよりも少し甘さを感じる味噌で、味に深みが出る感じ
飽きることなく最後まで食べられるような工夫がされてる
繁盛店にはそれ相当の理由があるんだね
次回行くことがあったら…鰻のひつまぶし食べてみたいかも
あ、鰻は…やめといた方が良いか

② 「湯布院の猫屋敷」

ここは、次女のおススメ
猫もの雑貨の専門という事だったので、行く前からかなり期待してたんだけど
誰もがみんな知っているキャラクターものの猫グッズが圧倒的(中でも、「猫のダヤン」が一番多かった印象)
猫愛歴の長い私にとってこれらのラインナップは、ちょっと新鮮味がなかったかも
商品数は半端なく取り揃えられていたので、賑やかではあったんだけどね
もう少し、マニアックな品揃えしてみたら、年齢層も幅広くなってもっと集客増えそう…
なんて思いながら、ちょうど降り出した雨のために猫模様の傘だけ買って出た

このショップの向かい側に、「湯布院の犬屋敷」っていうショップもあり
いや…猫がいるから犬もって、ちょっと安直すぎるんじゃないかな
私だったら、もっと、全く別ジャンルの動物専門店にするけどな

③ 「ガラスの森」

店名の通り、ガラス細工の製品が所狭しと並ぶ
ミニチュアサイズのものから、少し大きめのランプシェードまで
少し照明を落とした店内に、ランプシェードの明かりが色鮮やかに放たれて、とてもロマンティックな空間が出来上がっている
手作り感溢れる可愛い小物たち
ひとつとして同じものがない手作りの世界に、時間を忘れて魅入ってしまう
可愛さはもちろんだけど、価格設定もリーズナブルなので、あれもこれもと欲しくなってしまう
娘たちへのお土産に良さそう…
そう思って見始めたものの、孫の顔が浮かんで来て、思わず手が止まった
小さくて壊れやすいガラス製品
飾って楽しむのは親だとしても、子どもがどこでどう手にするかもしれず
孫たちがもう少し大きくなって危険が遠のいた頃に、買ってあげるね

④ 「フローラルビレッジ」

湯の坪街道沿いの小道を入った所にある、いかにもインスタ映えしそうな一帯
少し前、テレビで紹介されてたので、どれどれとのぞいてみた
平日という事が関係していたのだろうか?
開店休業状態で、殆どのショップが営業してなかった
この一帯が、何かのテーマパークの縮小版…よりももっと規模小さかったかな
小学生ぐらいまでだったら喜びそうだけど、私には感動ポイント見つからず

ただ、2頭のヤギがとんでもなく狭いお家の中で、身を寄せ合うように寝ている姿には、思わずほのぼの…しかけたけど、どう考えてもこの家って狭くない?

⑤ 「ギャラリーSORA」

圧倒的に飲食店が多い湯の坪街道沿いの中で、ふと目に留まったナチュラルカラーのお店
お客さんは…ひとりもいない
店内をのぞき込んだら、わあー!猫グッズ!
これは入るしかないでしょ
中の棚には、全国各地の作家さんによる作品がとても良い感じに並んでいた
私は、この、「商品」ではない「作品」としてディスプレイされている感じがとても好きだ
ひとつひとつをじっくり見て楽しめる、絶妙な間隔
「買って買って!」の雰囲気がない
「まあ…良かったら買ってね」ぐらいの感じ
余計なポップもこれ見よがしなプライスカードもない

ひとつのカップ&ソーサーに目が釘付けになった
まるで子どもの落書きみたいな色使い、デザイン
使い勝手とか、飲みやすさとか、そういう事を度外視したそのカップ
制作したのは、鹿児島在住の作家さん(岩元陶器)

私が住んでいる場所は、近隣に有田焼、波佐見焼、三河内焼などの窯元があり,陶器への関心は子どもの頃から当たり前のように持っている
そう簡単にアンテナが反応する事はないのだけど…
これは、まさにひと目惚れ
即決で購入を決めた(値段も見てないのに)

更に、木彫りの猫だるまに反応
これは「スタジオナナホシ」さんの作品
4㎝程の木彫りの猫だるまの頭の上に、魚や鳥が乗っている
作品のクオリティの確かさ、シュールな独特の表情
これは絶対娘たちの好み
財布の中を気にしながら…3種類の猫だるまを買う

これこそ、ここでしか買えないもの
しかも作家による1点もの
何気なく立ち寄ったお店で、出会えたことの喜びは果てしない

レジでお金を払い、包んでもらってる間、ふとレジ横に並んでいるポストカードに目が行った
ん?…え?「えーーー!これって、戸川五十生さんのですか?」
思わず大きな声で叫んでしまった
造形作家で、海外でも人気が高く、様々なコンテストで入賞したりしている実力派の人だ
何度か一緒に作品展をしたことがある事を話すと、お店のお姉さんビックリ!
聞けば、このお店のオーナーさんと戸川さんとが知り合いらしい

まさか…まさか…である
こんな偶然ってあるものだろうか
思いがけない嬉しさが重なって、とても充実した時間を過ごすことが出来た

⑥ 「日本茶5toku」

ほうじ茶ラテ(500円)を飲む
紛れもないほうじ茶
乾いた喉に、甘さのない冷たいほうじ茶が最高に美味しかった
娘たちが、よくラインにアップしてる(添付画像)の、このカットの写真を一度撮ってみたかったのです(笑)

⑦ 「乙丸温泉館」

「ギャラリーSORA 」で支払いを済ませた後、ふと思い立ってお姉さんに聞く
「この辺で、外湯で入れる所ってある?」
「あ…それだったら、一旦、湯布院の駅まで戻ってもらって、それから歩いて10分ぐらいの所に旅館があるので…」
「あー。やっぱり戻らないとダメなんだ」
まだ時間はあるんだし、別に戻っても良かったのに、何故か意味不明の「残念口調」になってる私

「えっと…それだったら、駅に戻る途中の道沿いにもうひとつあるんですけど。そこは地元の人たちが日々使ってる温泉なんですけど」
「え?そこ良いね!行ってみたい!」
お姉さんがタブレットで場所を教えてくれた
「温泉の名前、メモしておきましょうか?」
「ううん。大丈夫!今から行くから。ありがとう!」
ご機嫌でお店を出て、駅方向へと歩き出す

あれっ?…何温泉だったっけ?

全く大丈夫じゃないのに、「大丈夫!」と言い切ってしまう私
何故かなあ
お姉さんとの会話を思い出しながら、ヒントを探る
何とか…丸? 松丸?違うな…何だっけ…
ブツブツ言いながらしばらく歩いて行くと、いきなり左手に看板が
「乙丸温泉館」
あー!これこれ!これよー!
ね。大丈夫だったでしょ?(反省の欠片もない)

湯の坪街道を少し下った所に目指す建物はあった
外観は…まあね、旅館じゃないし、共同浴場だからね
雰囲気を表すとしたら、自治会館…公民館…

開けっ放しの玄関口で「こんにちはー!」と声をかける
しんとしていて,ひと気が無い
ひょっとして、お休み?
と思っていたら、中からオバサンが顔をのぞかせた
「すみません。お風呂は入れますか?」
オバサン、ニッコリ笑顔でおいでおいでの手招き
入浴料200円
一般的な銭湯よりも安く温泉に入れてしまうなんて、何だか得した気分
支払いは、お祭りしてある神様へのお賽銭として箱に入れるシステム
追加でタオル代の100円を支払って女湯へ
暖簾をくぐりドアを開けると、そこはいきなり脱衣所
他には誰もいない
しかし…ここの扉にはどこにも鍵がない
「入浴中」の掛札も見当たらない
取りあえず、荷物を全部ロッカーへ押し込んだものの
さて、どうする?

玄関は開けっ放しでしょ…
入ってすぐが廊下で…
女湯の暖簾をくぐって戸を開けたら…
ココ?
駐車場から1分以内で脱衣所に到達する
「いや~ん。そんな…」
なんて恥ずかしがってる場合ではない
秘境の露天風呂へ来たと思えば、なんてことはないのだ
サルが覗こうが、オッサンが入って来ようが知った事ではない

2種類用意された湯船は、泉質が異なってるのではなく
単に「熱い」「少し熱い」の違いだった
温泉に付き物の、効果効能や泉質の云々など一切の表示なし
ただ、透明に澄んだたっぷりのお湯があるのみ
でも、それで良いのよね
他には何もいらない
両手をいっぱいに広げ、泳げそうなほどの湯船を独り占め
高い小窓から見える薄曇りの空を、ただぼんやり眺める

お風呂から上がって服を着始めた頃、地元の人らしきオバちゃんたちがガヤガヤと入って来た
もうちょっと時間がズレてたら、地元のオバちゃんたちとの、裸の付き合いが出来たのにな…残念!

脱衣所では、恐ろしく元気のない扇風機がガックリと首をうなだれたまま、あらぬ方へ風を送っている
ドライヤーなんてどこにも見当たらず
タオルドライしただけの「たった今お風呂から上がりました」の頭のまま廊下に出る
自販機もないので、お風呂上がりの一杯も我慢

「もう少し小奇麗でリッチな雰囲気のとこにすれば良かった」
以前の私だったら、そんな風に悔やんでたのかな
今の私には、このシンプル過ぎる素朴な温泉がとても心地よかった

色取り取りの賑やかなランチが出て来なくても
女子が好きそうなアメニティが置いてなくても
余計なものは何もいらない
本当に大事なものは、数多くはいらないのだ

⑧ 「ゆふふ 由布院駅前店」

帰りのバスの時間までまだ余裕があるんだけど
そろそろ私の体力には余裕がなくなって来た

湯の坪街道沿いには、圧倒的に飲食関連のお店が多い
間口の狭いテイクアウト専門の小さなお店が軒を並べている
スムージー、アイスクリーム、お団子、どら焼き、コロッケ…
基本、テイクアウト専門なので、ゆっくりお茶するようなお店は殆ど見かけない
湯布院の駅に続く道沿いを歩く
できれば昔ながらの純喫茶みたいな所が良いんだけどな

と、「湯布院たまごロール」「由布高原なめらかプリン」と壁に大きく書かれたお店が目についた
ガラス越しに、若いカップルが一組、向かい合って仲良くプリンを食べているのが見える

探してた雰囲気とは全く違うけど
今の私は、とにかく座って珈琲が飲める場所が欲しい

ドアを開けて中へ
ん?「いらっしゃいませ」って聞こえなかったような…
ガラスケースの中に、お店一押しのプリンとロールケーキが並んでいる
私は、無性に珈琲が飲みたかったので、あえてプリン外し
抹茶ロールとホットコーヒーを注文することにした

店内には、カウンターの向こうにオジサンがひとり
PCに向かって何やら作業中?
背中を向けたままで、こっちを見ようともしない
「すみません!オーダー良いですか?」と声をかけたら、ようやく振り返りこっちへ来た
が、「ご注文は?」の言葉もなく、ただ不愛想にそこに突っ立ってる
「抹茶ロールとホットコーヒーお願いします」という私の言葉
ねえ、そこのオジサン、聞こえた?
オジサン、頷きもしなければ返事もしない
ただ、レジに向かって打ち込み「○〇円です」と言い、支払いが済むと、「あっちの丸いテーブルに座って」とアゴで指し示す
え?何この人…?しかも、アゴ??

少々ムッとしながら、示されたテーブルに座る
これだけガラ空きなんだもの
普通、ここは、「お好きな席にどうぞ~」って言わない?
それに、普通、飲食店って店内が賑わってるように見せるために、窓際の席から埋めていくものじゃないの?
殆どお客さんもいない広い店内で、よりにもよって何でレジ前の風景も楽しめないココに座らないといけないわけ?

私の中の「普通」がしきりに異を唱えてる
しかし、まあ…ね…

しばらくして、オジサンがトレイを手にやって来て
私の目の前に無言で置き、立ち去って行った

「お待たせしました」はないの?

・抹茶ロールケーキ
ありがちな味、抹茶の香りせず、値段高し
・珈琲
これまで飲んだことのない味、どこの何の豆?

珈琲を飲みながら、まったりくつろぎたくて入ったのに
あまりにも居心地が悪すぎる
フードファイターみたいにロールケーキをパクつき、珈琲をグイグイ飲む
こんなにサービス悪いのに、食後のトレイは自分で下げるシステムだなんて
何かひとこと言ってやろうかしら、と思ったけど
こんなくだらない事で、この旅を台無しにしたくなかった

せめてもの当てつけ(のつもり)で、「ご馳走さまでした」と声かけしてみたけど
オジサンは背を向けたまま身動き一つしない
当然「ありがとうございました」の声もない

「失礼極まりない従業員ランキング」ダントツの1位

帰って来て、あらためてこの店の事をネットで調べてみた
何と!Googleの評価★2つ
見た事もないような低評価、そのレビュー内容の酷い事
中には、「私が外国人だという事で、あんな接客だったのだろうか?」と、国籍差別と感じた人のコメントもあり
これほどの酷評をもろともせず、駅前の一等地で営業していられるのは何故?
昔からの大地主とか…地元の有力者が関係してるとか…アブナイ組の経営とか…
「行く前にこの口コミを読んどけば良かった」
って、こんなに沢山の後悔のレビューを読んだのは初めてかもしれない

湯布院へ行っても、このお店にだけは、もう二度と行く事はない(断言)
怖いもの見たさ、好奇心旺盛、オジサンに会いたい…色んな意味で興味のある方はこのカオスなお店へどうぞ

⑨ 「どんぐりの森」

あんなお店を湯布院最後のお店にしたくないと思い、急遽もう一軒行ってみることに
立ち寄ったのは、トトロを始めとしたジブリの作品のキャラクター商品が揃うショップ

「トトロ、千と千尋の神隠し、天空の城ラピタ…」
恐らく、取扱い商品は、メーカーさんが作ってる商品
だとわかっていても、やっぱりジブリのキャラクターたちは可愛い
特に、トトロの縫いぐるみの前ではその愛らしさに足が止まり、「欲しい…」「いや、もう縫いぐるみを買ってる歳じゃない」等と真剣に思い悩んでしまった
あまり見かけない「メイちゃんの着ぐるみ人形」が気になったけど、何とか買うのを踏みとどまった

娘たちに「どこでも売ってそうで売ってなさそうな」キャラクターものを買うことに
レジに並び、何気なく店内を見回していると…
「じいじ&ばあば」とおぼしき夫婦が、様々なトトログッズをカゴいっぱいに入れて「これは○○ちゃんが好きだから。○○君にはこっちよね。」等と楽し気に買い物をしている

そっか
こういうシチュエーションの場合って、真っ先に、孫が浮かぶものなんだ

私の母は、私にも、私の子ども達にも、むやみにモノを買い与える人ではなかった
物の価値がわかっていないのに大人の事情で高価なものを与えても無駄になる
その代わり、きちんとそのものを理解出来るようになった時点では、それなりのクオリティのものを惜しげもなく買い与える
「年齢に適したものを必要に応じて」という母の教育方針をを改めて思い出した

3歳と2歳の孫の誕生日に買い与えたアンパンマンの縫いぐるみ
可愛がってもらえたのはほんの数日の事で、今ではおもちゃ箱の中でブロックや恐竜やボールに押しつぶされて息も出来ない悲惨な状況にある

この可愛いトトロ達に、同じ運命を背負わせるのは忍びない
孫の皆さん
もう少し大きくなるまで、玩具は、パパかママに買ってもらって下さい


帰りの高速バスの時間まで、あと30分余り
後はバスターミナルでゆっくりとバスを待つことにした

朝、家を出た時は澄み切った青空だったのに
湯布院に近づいた辺りから何やら雲行きが怪しくなり
湯の坪街道に辿り着いた時にはポツリポツリと雨粒が落ちて来た

出掛けに、ギリギリまでバッグに入れるか入れないかで迷った「折り畳み傘」
天気予報は晴れだったし、荷物は少しでも軽くしたかったので、一旦入れた傘を玄関に置いて来たのよね

多少の雨なら何とか…と思っていたら
由布岳が白くかすんで見えなくなるほどのどしゃ降り
さすがにこればかりは気合でどうにかなるものではない
猫屋敷でビニール傘を買って、その後はずっと傘が手離せず

この限られた貴重な私の6時間
ほぼ全工程、雨の中の移動だった

この日の私の服装
革靴、綿レースのぺチパンの上にリネンのワンピース、キャンパス地のトートバッグ
いずれも「晴れ」前提だったことを深く反省
お気に入りの革靴は、雨に濡れてヌメ革が悲惨な状態になり
ぺチパンとワンピースのヒラヒラファッションは、裾から水がしたたり落ちる有様
キャンパス地のバッグもまた、もろに雨の被害を受け…

これらを教訓に
「足元は、長距離対応、防水機能、のスニーカー
ボリューム少なめのパンツとシンプルなトップス
そして、ナイロンリュック、そして折り畳み傘」
次回からはこれで行こう!

バスターミナルには、私の他に数名のお客さんがいるだけで、とても静かだった
私が乗るのは、17時の高速基山下車のバス

ふと…バス停ってココで良いのよね?
いつも人と違う所でオオボケをやらかす私
急に心配になった

窓口へ行って確認
チケットを見せながら「すみません。このバスってここから出るんですよね?」
どれどれと、オジサンが身を乗り出してチケットを確認
「はい。大丈夫ですよ。17時少し前には到着すると思いますから。」

あー、良かった。これでひと安心
路線バスを含め、いくつかのバスが停車しては人を乗せて出て行く

もうそろそろかな…という頃、1台のバスが停まった
「17時発の福岡行きをご利用の方はいらっしゃいませんか~」
運転手が、乗客の予約が記されたボードを手にバスの傍らで呼びかけている
17時、福岡行き…
私が呪文のように繰り返してるのは、「17時発 湯布院駅前➜高速基山」
福岡へ行く途中に、高速基山があるんだよって…誰か教えてくれないと…

同時刻で出発するバスがあるんだろう
私の思考回路は謎に満ちている

しかし、この時、何かが気になった
運転手のもとへ行き、チケットを差し出して
「すみません!このバスって…これですか?」
「あー!はいそうですよ!良かった~ひとり足りないなあって思ってたとこでした。」
運転手の横に立ってた窓口のオジサン
「あらあら。まだ乗ってなかったんですか」と吞気に笑ってる
この2人に「足りないひとり」を探す気はなかったらしい

本日二度目の「高速基山」
ひとつのバス停の名前を、一日のうちにこんなに繰り返し口にすることがあるだろうか
「高速基山」って死ぬ直前まで覚えてそうだわ

さすがに今度は迷子にはなりません
それにしても、暗い
背の高い雑草が生い茂ってるひと気のない夜の道
途中、コンクリートの高架下を通らなければならない
雨水がしたたり落ちる音
空のペットボトルやレジ袋があちこちに散乱してる
自分の靴音だけが響いてるって…怖いでしょ
映画やドラマで、こういうとこでいきなり襲われるシーン…多いんだよね
可能な限りの早足で通り過ぎた

昼間でも数人しかいなかった高速のバス停
最終ともなると、更に誰もいない
ここで約1時間も、ひとりぼっちで帰りのバスを待つの?

こんな所で拉致される事ってあるのかな
  (いや、私を拉致しても大したお金にはならないし)
おかしな人に襲われたらどうしよう
  (いや、おかしいのはお互い様だし)
金を出せ!とか勘弁して欲しいよね
  (いや、もうそんなに持ってないし)
いっそ、タヌキとかイノシシが出てきた方が良さそう
  (あ、それなら良いかもしれない)

日頃、サスペンスを嫌というほど見てることが、こういう時の妄想を一層拡大させる
持って来た単行本も、こう薄暗くては読む気がしない
スマホでネットニュースを見たり、LINEをしたりしながら時を過ごす

朝、澄み切った空の青に癒され、その雄大な姿に感動し
昼、モヤのかかった灰色の空に心の静けさを取り戻し
夜、空一面に墨を振りまいたようなグラデーションの美に魅了され

今回、湯布院に行こうと決めたのには、誕生日の呪いを解くためだった
冗談みたいなと笑われるかもしれないが、私にとっては至って真面目な話し
今年のこの一日の出来事で、これまでの負の思い出が綺麗に上書きされて、来年からは、この一日の思い出とともに誕生日が迎えられる

正直言って、観光地化してしまっている湯布院に期待していたものは何もなかった
それは、私自身が観光県に住んでいて、全てが意図的に人為的に創作されたものであることがわかっているからでもある

私が求めたものは、自分の誕生日の丸一日を、特別な場所で過ごし、これまでにない出来事で全て埋めていく事だった
美味しいものが食べたいとか、気の利いたお土産を買いたいとか、高級旅館で温泉に浸かりたいとか…そういう事ではなく
高速バスに乗ったり、乗り継ぎで迷子になったり、思わぬ雨に降られたり、露天風呂みたいな温泉に入ってみたり、ひと目惚れの器に出会ったり…

あえて何も計画せず、成り行き任せで歩く
そこで起こった何気ない小さな出来事たち
それらの全てが上書きするために重要なピースとなった

人生にはいくつかのターニングポイントがあるという
初めてのおつかいみたいな私のこの旅が、新たな幸せへの一歩になる事を願いたい

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