㉑乗組員(あいかた)を捨てた航海
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。 珍しくホクトさんが起きてラジオ収録に参加していた。その隣にはミナミさんと若い女性ADさんがいて何か話していた。
深刻そうな顔をしている女性ADさんの話を二人は真剣な表情で聞いている。このライトハウスの収録現場で今までなかった空気にボクは驚きを隠せなかった。
二人はいつもケンカしているか、仕事と関係ない話をしている所しか見たことがないから、凄く新鮮だ。
これはきっと明日で世界が終わるかもしれない。ボクはそんな不安を抱きながら、ラジオを進行する。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 乗組員(あいかた)を見捨てた船長です。乗組員(あいかた)を見捨てた船長、はじめまして! 相方を見捨てたと書いてあるので何か深刻なお話かもしれないですね。俺は……」
***
「今回の第○○回漫才グランプリの優勝は……”オールドバランス”に決定致しました……」
ウソだろ……。俺は驚きのあまり手に持っていたスマホを落とした。
スマホがアパートのフローリングに激突する乾いた音が部屋中に響く。
落としたスマホはニュース動画を再生し続けた。俺が切り捨てた元相方の成功体験を。
俺は子供の頃から目立つことが大好きだった。最初は大好きな母親の目を引くために、変顔やお笑い芸人のギャグをマネしたりしていた。
俺が一生懸命にやると母親が笑ってくれた。それが嬉しかった。
だんだん、母親だけでは満足できなくなった俺は学校のクラスメイト達の前でもネタを披露するようになった。
もっと注目が欲しいという欲求を抑えられず、学校祭などのステージにエントリーしてネタを見せるようになった。
その影響で俺は近所で面白い奴という称号を得ることが出来た。
高校生になって進路を決めなくてはいけない時期に来るが、俺はお笑い芸人1本しかなかった。母親に安定した仕事を選びなさいと忠告を受けるも、俺はそれを無視して上京した。
まずは芸人の登竜門である養成所に入ってお笑いの力を磨こう。
そして、一緒にコンビを組んでくれる相方を探そうと思っていた。
やっぱり、養成所にやって来る奴らは俺の思っている以上に強者ばかりだった。こんな奴らの中でも売れるのは一握り。ここで負けているようじゃダメだ。俺は相方捜しに力を入れた。俺はボケで、するどいツッコミが出来る奴と組みたい。
養成所にいた元相方は俺の中で組んだら面白くなれる。そう確信していた。ネタ見せも順調で卒業後も、舞台での出番を貰えるようになった。
だけど、舞台でネタが全然ウケない。何がダメなんだろう。
その答えを見つけることが出来ずに見えない不安に襲われた俺はお笑い自体が嫌いになり始めた。
お笑いをやることが苦しくなった俺は元相方に解散しょうと言ってお笑いから足を洗った。
お笑い以外やりたいことがない俺はとりあえず営業職を始めた。
ただ時間を消化する人生を送っている俺がスマホでお笑いグランプリのニュース動画を見ていると、元相方が新しい相方と優勝していた。
俺にツッコミを強制されていたアイツはボケを楽しそうにやっていた。
アイツ、こんなにボケが上手かったんだ。
***
「……俺は元相方がボケの才能があることを見抜けないだけではなく、自分本位でコンビをやっていたのだと思い知りました。元相方の活躍を見ていると、やりたいことから逃げた自分が情けないです。カノンさん、何かアドバイスをください。よろしくお願いします。乗組員(あいかた)を見捨てた船長、ありがとうございました」
このリスナーさんはお笑い芸人さんになりたかった。
でも、厳しい現実を受け入れて別の仕事を選んだのか。
まだお笑い芸人を諦めきれないみたいだな。
ボクはリスナーさんを応援したい。
だけど、無責任にもう一回目指しましょうと伝えるのは違う気がする。
「乗組員(あいかた)を見捨てた船長。あなたは芸人さんになりたかったんですね。自分がやったことで笑ってもらえたり、喜んで貰えたりすると嬉しいですよね。ボクもラジオでリスナーさんが元気をもらえたよ! 相談して良かったっていう声をもらえて嬉しい気持ちになります」
ボクはラジオを進行しながら、リスナーさんのお悩みにどう応えようか考えていた。諦めて欲しくないはボクの意見だ。これを言っても押しつけになってしまう。だからと言って諦めてくださいとは言いたくない。どうしよう。
何て伝えようか迷っていると、ボクの目にラジオブースの外でホクトさんとミナミさんが女性ADさんに何か話している姿が目に入った。
ホクトさんなら、こう言うかもしれない。
ボクはリスナーさんへのアドバイスを見つけることが出来たので、想いをマイクに乗せる。
「ただ、あなたは航路を迷っているようですね。またお笑い芸人を目指すか、諦めるか。この二つの大きな航路は選ぶのが、とても難しいです。ボクは、あなたに夢を追ってくださいと言いたいです。だけど、これはボクの気持ちであって、あなたの気持ちではない。誰に何と言われても、焦らずにじっくり悩んでみてください。誰かに決められた航路(じんせい)なら後悔しちゃいますが、自分できちんと決めたことなら後悔しません。誰が何と言っても、あなたの|航路(じんせい)です。どのよう航路(じんせい)を決めるのは、あなたです。だから、後悔のない航路(じんせい)を選んでください」
***
「お疲れ、カノン」
「ホクトさん、お疲れ様です」
ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。
「そういえば、ホクトさん」
「なんだ?」
「本番中寝てませんでしたね」
「お前、アタシがいつも寝てるみたいに言うなよ!」
ホクトさんはボクが冗談を言っていると勘違いしているみたいだけど、事実ですよ。あなたがラジオの本番中に寝ているのはラジオクルーには周知の事実です。これを言うと、ホクトさんに怒られるからボクの心の中にしまっておこう。
「ADさんと何の話をしていたんですか?」
「ライトハウスのADを辞めたいってさ」
やっぱりか。女性ADさんだけではなく、ホクトさんとミナミさんがいつになく真剣な顔をしていたから大きな問題があったとは思っていた。
「なんて言ったんですか?」
「わかった。ただ、後悔しない方を選べって言った」
「あぁ、ホクト!」
「ミナミ、どうした?」
「さっきのADちゃんなんだけど」
「あぁ」
「もう少しこの船(ラジオ)で頑張るって」
「わかった」
「続ける理由とか聞かないの?」
「いいよ。あの子が言いたくなったら、向こうから言うだろ」
ホクトさんは少年のような笑みをミナミさんに向けた。
それを見たミナミさんは少し顔を赤くしていた。
ミナミさん、そんな好きな子のお気に入りの一面が見れて嬉しい女子高生みたいなリアクションしないでくださいよ。ボクまで恥ずかしくなっちゃうよ。
他人から見たら、冷たいと思われるかもしれないけど、ボクはホクトさんの対応は間違っていないと思う。選ぶのは本人だから、他人が強要してはいけない。
それが分かっているのか、無意識でやっているのか。この船長(プロデューサー)の考えは読めない時がある。
ボクはこれからもこの船(ラジオ)に乗り続けます。よろしくお願いしますね、船長(プロデューサー)。ボクは心の中でラジオへの想いを伝えると、仕事終わりのカフェオレを飲んだ。