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⑨後悔のない恋をしましょう

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
 プロデューサー席でミナミさんがホクトさんに何かを話している。
 ボクの予想だけど、仕事の話ではないことだけは確実だ。
 なぜなら、ミナミさんの手にはマンガの単行本が握られている。
 多分、ラジオ放送前にミナミさんが熱弁をしていた少女マンガだろう。 ミナミさんは男性だけど、心は少女である。仕事もバリバリ出来るキャリアウーマンだけど、恋愛相手には白馬に乗った王子様タイプが良いと宣言している。
 ミナミさんはイケメンの甘い言葉にめっぽう弱い。行きつけのホストクラブで推しのホストの甘い囁きに負けて高いお酒のボトルを何回も入れてしまった苦い経験がある。最近では仕事のストレスを推しのホストの時間で発散するため、お給料のほとんどがホストクラブに消えているらしい。
 これを間違って口にしてしまったボクは社会的に抹殺されてしまうので心の中にしまっておこう。

 ホクトさんは凜々しい見た目と言動のせいで、男の人から全くモテない。ホクトさんがオフの日に街で歩いているだけど、男性雑誌のモデルとホストクラブのスカウトをされてしまうらしい。
 ラジオクルーから「ホクトさんは産まれてくる性別間違えているよね」と影で言われていることを本人は知らない。

 二人の秘密が頭を過ってラジオへの集中出来ない。ダメだ! 集中しないと。ボクは自分に渇を入れてラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 恋に盲目な船長です。
わぁ! 恋に盲目な船長、お久しぶりです!
前に恋のお悩みについて海図を送ってくれましたよね!
その後の航海がどうなったか気になっていました。今日はどんなお話が聞けるか楽しみです。うちは……」

***

「わたし、○○くんのことが気になっている」

「え?」

 うちには好きな人がいます。その子は同じ高校のクラスメイトで女子からの人気は高くない。顔は平均点くらいでイケメンともブサイクとも言えない。だけど、うちにとっては好みの顔だ。友達にその子の顔が好きというと、なぜか共感してもらえない。友達は男性アイドルグループにいる可愛い系のイケメンが好みなので、うちとは……被らないはずだった。

 だけど、友達が同じ人を好きになってしまった。
 これは予想外でした。うちは好きな気持ちを悟られないように必死で隠しながら、どうして好きになったのか訊ねた。
 数学の授業中に友達が困っていた時、隣の席に座っていたうちの好きな子がこっそり答えを教えてくれた。普段、何もしないのに突然優しくしてくれたことで友達に恋心が芽生えたらしい。

***

「……うちは今、友情と恋の板挟みで船(メンタル)が沈没しそうになっています。うちが諦めて友達の恋を応援してあげるか、友情を諦めるか楽になるのかな? カノンさん、うちはどうしたら良いの?
アドバイスください。
恋に盲目な船長、ありがとうございました」

 恋愛のお悩み相談か。ボクは恋愛経験が少ない。いつも女の子に勘違いされて告白されたことは多いけど、ボクが告白しても「そんな可愛い見た目だから異性として意識できない」と撃沈したことしかない。
 前回のアドバイスもミナミさんの恋愛経験を元に話したから、もう話すネタがない。

 でも、リスナーさんは友情と恋の板挟みで困っている。
 助けてあげたい。どうしたら良いのかな?

「恋に盲目な船長。恋と友情、どちらも大事だから悩んでしまうのは分かります。友達を失いたくないから好きな人を譲る。素晴らしい考えだと思います。
でも、好きな人を譲りたいはあなたの本心じゃないですし、そんなことをされても友達は嬉しくないと思います」

 リスナーさんのことを思って厳しいことを口にした。
 これはリスナーさんが望んでいる。友達を優先しないで好きな人への想いを伝えたい。
 だけど、リスナーさんは友情を壊したくない。”二兎を追う者は一兎得ず”。二羽のウサギを追いかけても一羽もウサギを捕まえられないというエピソードから生まれたことわざ。欲張るとどっちも失敗してしまうという意味。

 本来なら、どっちか選びなさいとアドバイスするだろう。
 でも、ボクはリスナーさんにどっちか一つにして欲しくない。

「まず、あなたがしなくちゃいけないのは自分も同じ人が好きということを友達に教えてください。あなたは友達の恋だけ知っているから、モヤモヤするのです。自分も同じ相手が好きということを伝えてフェアな状態にします。そして、好きな人へお互いに告白する。これなら、あなたのやりたいことはどっちも出来るかもしれません。もしかしたら、どっちかを失うかもしれませんが、上手くいけばどっちも手に入ります。難しい挑戦ですけど、頑張ってみてください! ボクはあなたのことをいつでも応援しています」

***

「カノン お疲れ!」

「カノンちゃん、お疲れ様!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんとミナミさんが慌ててやって来た。

「ホクトさん、ミナミさん、お疲れ様です」

「さっきの放送良かったわよ」

「ありがとうございます」

「でも、あのリスナーは両方手に入れるのはムズいんじゃないか?」

 ホクトさんの言うとおりだ。あのリスナーさんは恋も友情もどっちも手に入る可能性は低い。もしかしたら、どっちも失う可能性だってある。ボクの言ったことはキレイ事だ。
 そう考えると、無責任なことを言ってしまったと後悔した。

「だけど、ラジオは悩み相談する場でもあるけど、辛い現実から距離を置く現実逃避する場所でもある。夢物語みたいなことを言っても誰も文句を言わないさ」

「あれ? 珍しいわね。ホクトがそんなロマンチックなことを言うなんて」

「うるせぇ!」

 ホクトさんはミナミさんにツッコミを入れられて恥ずかしくなったのか顔を赤くしていた。ホクトさんのたまに出る女の子の部分が可愛いなとボクは微笑ましくなった。

「何笑ってんだ、カノン!」

 ボクに笑われたことに腹を立てたホクトさんがボクのホッペを抓り始めた。

「ホクトさん、やめてください!」

「カノンちゃんのお肌っていつもスベスベよね。羨ましいわ。どんなケアしているの?」

 ホクトさんに便乗してミナミさんまでボクのホッペを触り始めた。
 ボクをペットのハムスターのような扱いをする船長(プロデューサー)と副船長(ディレクター)に挟まれながら、必死にスタッフさんに助けを求めた。

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