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⑩役割がわからない船員

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
 プロデューサー席でホクトさんがいつものように居眠りをしている。
 その隣でしっかり者のミナミさんがスタッフさんに指示を出しながら、ラジオが円滑に進行できるように導いている。

 たまにミナミさんがこの船(ラジオ)の船長(プロデューサー)じゃないかと思ってしまう。ホクトさん、のんびり居眠りしていると、船長(プロデューサー)のポジションを取られちゃいますよ。
 ボクは心の中でホクトさんへの心配を呟きながら、ラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 役割のない船員です。役割のない船員、はじめまして。
このラジオはリスナーさんを船長としているので、海図には船員と書いていますが、船長として読ませてもらいますね。
自分のことを船員と書いてしまうということは、遠慮してしまうことが多いのでしょうか? ここでは遠慮しなくて大丈夫ですよ。では、早速読ませてもらいます。アタシは……」

***

「おい! お嬢ちゃん」

「はい」

「お茶出してよ」

「畏まりました」

 部長に呼ばれたアタシが慌てて部長のデスクに向かうと、開口一番にお茶の催促をされた。アタシは黙ってお茶を出すためにオフィスの給湯室に向かう。
 なんで、アタシがこんなことをしなくちゃいけないんだ。
 私が働いている営業部は9割が男性社員しかいない。女性社員のほとんどが事務などの縁の下の力持ちのような業務に就く。
 でも、世間が男女平等を謳うので女性社員を営業部で働かせよう。
 そんな動きが出てきた。私は男の人に交ざってバリバリ働きたいと思っていたので、営業部への異動辞令が出たとき心の底から嬉しかった。
 だけど、アタシは子供っぽい見た目から”お嬢ちゃん”とバカにされてきた。そんなオヤジ達よりも営業件数を取って見返してやる。
 そう思って頑張ったけど、現実は上手くいかない。
 アタシは営業成績を伸ばすことが出来なかった。このままではクビを切られると焦って営業部のオヤジ達に頭を下げてアドバイスをもらうとするも「お嬢ちゃんには無理だから、お茶くみでやってよ」とバカにされる。今ではアタシに営業の案件を振ってくれず、お茶くみなどの雑用ばかり。

 アタシは何のためにここにいるんだろう。

***

「……アタシは会社での役割がわからなくなっています。そんな時に友達からこのラジオを教えてもらって投稿しました。転職した方が良いと言われるけど、アタシは会社を辞めたくない。カノンさん、アタシはどうしたらいいかな?
役割がない船長、ありがとうございました」

 このリスナーさんは頑張り屋さんだ。だけど、努力が結果に結びついてなくて周りから信頼が勝ち取れていない。
 しかもボクと同じで見た目にコンプレックスを持っている。
 ボクはこのリスナーさんに凄く共感できる。
 だからこそ、伝えるアドバイスは慎重に選ばなきゃいけない。どうしたら、良いかな。
 
 ボクがリスナーさんへのアドバイスに困っているとプロデューサー席でホクトさんが怖い顔をしたおじさんを睨み付けている。
 あのおじさんは、このラジオのスポンサーさんじゃなかったかな。
 ホクトさん、またスポンサーさんにキツい一言を伝えているんじゃないかな。ホクトさんは自分の思ったことを正直に伝えすぎる傾向があるからな。それが原因でスポンサーさんと揉めることも度々ある。

 そうだ、これだ!ホクトさんのおかげでボクはリスナーさんに伝えることが見つかった。

「役割がない船長。あなたは頑張り屋さんです。あなたの努力が絶対に結果になります。それは心配しないでください。
 ただ、あなたから役割を奪う職場はダメだと思います。
 おじさん達は自分と同じような人で周り囲むと働きやすいんです。
 だから、役割がない船長みたい女の子を厄介者扱いします。
 あなたが営業でおじさん達を見返すには、おじさん達にはない目線を使ってください。それが役割がない船長が職場でおじさん達を見返す方法だと思います」

 ボクはリスナーさんに自分の想いを伝えたあの人のエピソードを伝えようと思った。

「ついさっき、ボクの知り合いで職場の上司にもの応じしないで自分の思ったことをはっきり言う人がいます。
 その人のおかげでボクは楽しくお仕事が出来ています。だから、役割がない船長も自分の信念は変えずにおじさん達をやっつけてください! 
是非、その後どうなったか教えて欲しいので海図を送ってくださいね」

***

「おい、カノン!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんが慌ててやって来た。

「ホクトさん、お疲れ様です」

「お疲れじゃねぇ! さっきのラジオの内容はなんだ!?」

「え?」

 ボク、ラジオで変なこと言ったかな?
 さっきの放送で発言したことをじっくり思い返してみる。
 いや、変なこと言ってないな。
 
「アタシがスポンサーと揉めたことだよ!」

「あぁ」

「あぁ、じゃねぇ! お前な……」

「ごめんなさい。ボク、どうしてもホクトさんがボクたちのためにスポンサーさんと戦っている話がしたくて」

 ボクは闘牛のように暴れそうになったホクトさんを宥め始めた。

「今回のリスナーさんも男性社会に苦しんでいました。ホクトさんのように男性社会に立ち向かうカッコいい女性の話がリスナーさんに取って良いかなって思ったんです」

「お、お前……」

 やばい。ちょっと話を盛りすぎたかな。ボクはホクトさんを宥めようとゴマを擦りすぎたと後悔した。

「それなら相談しろよ。もっと良いエピソードがあるのに!」

「え?」

「さっきの話だけじゃ、アタシがあのタヌキオヤジをどれだけギャフンと言わせてるか分からないだろう。そうだ! 次回からラジオでアタシの武勇伝コーナーを入れよう。そうなったら、ネタをまとめないと!」

 ホクトさんはラジオで自分の話をされたこと、スポンサーさんと揉めた話したことをお咎めなしで済ませると、プロデューサー席へと戻って行った。

「カノンちゃん。ホクトの扱い上手くなったわね」

「ミナミさん、お疲れ様です」

「あんな子供みたいに単純なプロデューサーだけど、わたし達には必要なのよね」

「そうですね」

 普段は寝ているけど、いざという時に舵を切ってくれる船長(プロデューサー)の有り難さをしみじみ感じながら、ボクは仕事終わりのカフェオレを堪能した。

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