自然の中で生き返る~久高島~

久しぶりに1人旅をしてきた。冬の沖縄、久高島。
ペーパードライバーのため、那覇空港からは、ゆいレール→路線バス→高速船、と乗り物が好きな小さな男の子なら大喜びするようなラインナップ。

ゆいレールの旭橋で降りてから、那覇バスターミナルで路線バスに乗り、“安座間さんさんビーチ”で下車。高速船の出発まで、1時間以上空いたので、待合所付近を散歩してみたら、安座間さんさんビーチがすぐ横に。この景色が目の前に広がる。夏日だったので、たまらず裸足で海に入る。

こんな綺麗な海、日本にあるんだ…と思いながら久高島に向かう船に乗船。高速船で約25分で久高島に到着。

日帰りでも十分楽しめる島に、今回は敢えて2泊した。目的は、何もしないこと。細かいスケジュールは立てず、気の赴くままに久高島を巡る。
久高島に着いたら、宿に荷物を置き、早速、貸し自転車屋さんで、自転車を借りる。都内にいると徒歩、電車が主な交通手段のため、自転車に乗ることすら、久しぶり。天気も良く、自転車に乗ってどこかに出かけるなんて、小学生以来で、自然と気分は弾む。まずは、カベール岬を一路目指す。

瑠璃色の海を見て、呆然とした。こんな海、今まで見たことない。知らなかった。それなりにメジャーどころの旅行地には行ってきたものの、全く違う。本当に目が、身体がこの海を見て喜んでいるのが分かる。気温も上がってきたため、スニーカーと靴下を脱ぎ、思わず、波打ち際に裸足で入る。海が気持ちいい。
飽きるまで、海を眺め、太陽と風に当たる。これを求めてた。

カベール岬を出て、次はロマンスロードを通り、フボー御嶽へ。
フボー御嶽は、この島の中でも特別な聖域のため、立ち入り禁止。御嶽が近づくほど、空気感が変わる。思わず両手を合わせて祈る。遥か昔から、祈るために使われてきた場所。
そのほかにもいくつか島内の観光ポイント(主にビーチ。集落の中にある祈りの場所など)をまわって、夕ご飯のお弁当をピックアップするまでの間、サンセットを待つ。

島のおじい達が3人集まっていて、いつものポイントらしき場所でお酒片手に語らいながら、夕日を見ていて、なんと贅沢な日々!と羨ましく思う。ここら辺から、自然があれば何もいらないという気持ちになってきて、必要なものは全部あるなぁと思い始めた。この島では、住民と観光客を合わせた人間の数よりも、蝶や鳥の方が圧倒的に多い。そんな環境が私をそう思わせたに違いない。

久高島は、人の住む集落とカベール岬やフボー御嶽のある島の東側は、全く人は住んでいないエリアがあり、完全に人間の暮らしと自然が別れている。自然をそのままにしておくことが、この島の財産と感じた島に住む人々の知恵なのだろう。蝶も鳥も本当に数が多く、色も鮮やかで、それだけでもう満足する。

この島にいると、人間は自然の一部だということを実感する。東京にいると、そんなことは思わない。人が多いし、何より自分の感情ですら、分からなくなることがある。そんな私でも、久高島にいると、本当に何かを取り戻した気がするのだ。帰る頃には、小さな頃の私ってこんなだったよなぁという状態に34歳の今でも戻れる。自然の持つ力は偉大だ。だからこそ、自然の中に自分の身を放り込むことを人間はした方がいいと思う。絶対に。
自然に身を任せると、自分の力でどうにかしようなんて、思いもしなくなる。波も雲も風もまったく私の力が及ばない。全てはもう自然の流れの中での一部でしかない。だからこそ、暖かい陽の光や穏やかにくるまれるような風が吹くと、ありがたい気持ちになる。そんな中で2日過ごしただけで、私は本来の私自身を取り戻して、まるで生まれ変わったような気分になっている。そんな実感を持ったのは、この久高島が初めてだった。

既に今、年内に久高島に行く予定を考え始めた。自然の中で、最小限の人と触れ合い、自分の身を委ねるのは本当に贅沢。そんな時間を今年は定期的に作っていこうと思う。

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