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小説:黒蝶のダイイングメッセージ【2390文字】

 死んだのは「黒蝶会」と名乗る半グレ集団の男だった。背中を刺され、血だまりの中に倒れている。右手の甲に黒い蝶のタトゥーが彫ってある。黒蝶会の証らしい。
「死因は背部を刺されたことによる失血死で、死後2~3時間ですね」
 鑑識の一人が僕に言う。
「この、文字は何ですか?」
 僕は遺体を見つめて首をかしげる。遺体はうつぶせに倒れており、顔は右側を向いている。その右手人差し指に本人のものと思われる血液がついており、ベージュ色のフローリングの床に、赤い文字が書かれている。
「おそらく、被害者が死ぬ間際に書いたものと思われます。即死じゃなかったようなので」
 そこには、こう書かれていた。

万年筆
ピアス
ニンジャ
モアイ像
河童
河童
日本酒

「これは……ダイイングメッセージということですか?」
「さあ……そこまでは私には」
 鑑識も首をかしげる。ダイイングメッセージにしては、複雑すぎやしないか。こんなに長いこと書けるなら、とっとと犯人の名前を書いてくれればいいのに、と僕はため息をつく。
「どうした、鈴木」
 そこへ、去年まで一緒にペアを組んでいたベテラン刑事の田中さんがあらわれた。
「あ、お疲れ様です。これ、ダイイングメッセージかと思うのですが、意味不明で」
 僕はこっそり話しかける。
「まあ、犯人の名前を素直に書いてくれるガイシャなんてほとんどいないからな」
「それにしても、万年筆、ピアス、ニンジャ、モアイ像……なんて意味不明すぎます」
「“死の直前の、比類のない神々しいような瞬間、人間の頭の飛躍には限界がなくなる”」
「なんですか、それ」
「エラリー・クイーンだよ。ミステリ作家。知らないのか? 人間は死ぬ直前、思考の飛躍に限界がなくなるんだと。だから、ダイイングメッセージというのは、えてして、難解なんだよ」
「それじゃあ、生きているうちには永遠に解けないってことじゃないですか。思考に限界があるんですから」
「お前には無理だろうな」
 そう言って田中さんはにやりと笑った。足元に黒猫がすりよってくる。
「ここで飼われていた猫だそうです。黒蝶会の奴らは、猫まで黒猫なんですね」
「コイツだけが目撃者ってわけか」
「しゃべってくれたらいいのに」
 黒猫は僕たちを少し見上げていたが、ぷいっとどこかへ行ってしまった。
「黒蝶会はここのところ、同じ半グレ集団の【紋白会】とやりあっていたらしい」
「紋白会?」
「知らねえか? 黒蝶会に喧嘩売るために、自分たちは【紋白蝶】だと名乗って、白い蝶々のタトゥーを入れた集団だ。昔、黒蝶会にいた奴が追い出されて、その腹いせに立ち上げた集まりらしい。けっこう派手なことしていると聞く」
「じゃあ、この男が殺されたのは、その紋白会の仕業ですかね」
「まだわからんが……可能性は高いな」
 僕は不思議な文字の羅列を改めて眺める。被害者の指は「日本酒」の「日」の下にあった。

 その後の捜査で、被害者とトラブルのあった紋白会の男たちが四人、取調室に呼ばれた。
「動機が濃厚でアリバイはなし。この四人の中に犯人がいると思うのですが」
 僕は田中さんに言った。連れてこられた四人の男は、それぞれ体に紋白蝶のタトゥーを入れていた。首、背中、腕、足。
「おい、ガイシャが書いたダイイングメッセージの画像あるか」
 田中さんが言う。僕は現場写真を見せる。
「万年筆、ピアス、ニンジャ……」
 田中さんがぶつぶつ呟く。
「おい、この文字、血液の乾燥具合が違うんじゃないか?」
「え? どういうことですか?」
「例えば、『万年筆』の『万』の字、『ク』のところはかすれているのに、その上の『丁』みたいな部分はくっきりしてまだ乾ききっていないように見える。残りの『年筆』もくっきりしているぞ」
 僕は画像を拡大してよく見てみる。
「本当ですね。『ピアス』も『ピ』だけかすれて『アス』はくっきりしています。いや、『ピ』というより『ビ』に見えますね。ほかの文字も、かすれている部分と乾ききっていない部分があります。どういうことでしょう」
「被害者の指が『日』の下にあるのもおかしい。最後まで書いたなら『酒』の下に指がくるはずだ。これは、もしかしたら……」
 そこから、田中さんはダイイングメッセージを解読していった。田中さんのひらめきが正しいなら、犯人は一人。僕は取調室へ戻って、そこから導かれる相手を問い詰めたところ、その男は犯行を認めた。自供がとれ、家を探すと凶器も見つかった。それは、首にタトゥーのある男だった。

「田中さん、ありがとうございました。おかげで犯人を逮捕できました」
「大したことじゃない。血液の乾燥具合に差があれば、最初に書いた文字とあとからつけくわえた文字があったと想像がつく。最初に書いたかすれた文字だけが、本当のダイイングメッセージで、乾燥しきっていなかった部分は、ダイイングメッセージに気付いた犯人が付け足してごまかした部分だったのさ」
 そう。ダイイングメッセージの文字は上書きされていたのだ。

万年筆
ピアス
ニンジャ
モアイ像
河童
河童
日本酒

 かすれていた部分だけを抜くと







 クビニモンシロ。つまり「首に紋白」
 首に紋白蝶のタトゥーの入った男の犯行だったのだ。

「田中さんのひらめきがあったおかげです」
「いやあ、まあ、役に立ったなら良かったよ」
「やっぱり、“比類のない神々しい瞬間”を経験したことがあるから、ですか?」
 僕が言うと、田中さんは笑った。
「うるせえな。お前が心配で、おちおち成仏できやしねえ」

「おーい。鈴木、一人で何してる! 早くいくぞ!」
「あ、田中さん、僕呼ばれているんで、もう行きますね!」
 振り返ると、田中さんはもういなかった。僕は両手をあわせて頭を下げてから、呼ばれたほうへ走っていった。


【おわり】

使用したお題
「永遠」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「日本酒」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「万年筆」「ピアス」

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