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小説:ニンジャの恋【2214文字】

 目を覚ますと、目の前に天井があった。何だ、と思って体を少し動かすけれど、ずいぶん狭いところにいるらしく、うまく身動きが取れない。暗いし、寒い。おかしいな。さっきまで数学の授業を受けていたはずなのに。
「気が付いたか」
 ささやくような声に驚いて「わあ」と声を出して体を起こすと、目の前にあった天井にガツンとおでこをぶつけた。痛ぁ……
「なにやつ!」
 寝ている真下から声がする。私は誰かに体を素早く引きずられる。何よ! と思った瞬間、私が寝ていたところの床から、勢いよく槍が突き出てきた。ひっ! と息をのむ。
「しー……」
 私を抱えている人が耳元でささやく。
「今夜のところは撤退だな」
 小さな声が呟くと、私は強い力に引きずられ、狭い暗い場所から連れ出された。
 外に出ると、月の美しい夜だった。私は、どこかの屋敷の天井裏にいたらしい。事態が理解できていないが、そんなことより、私は目の前の人を見て驚いた。
「あなた、もしかしてニンジャ?」
 漫画やアニメで見るニンジャの姿そのものだった。
「ニンジャ? 私は忍びだ。お前は、何者だ? その恰好は、新手のくのいちか?」
 私は制服姿のままだった。やっぱり数学の授業を受けていた記憶は間違いないみたい。これは夢かな。月光に照らされるニンジャが、凛々しい。
「額をぶつけただろう、こっちへ来い」
 おでこを触ると、たしかに痛かった。ニンジャは私の手をとって、歩き出す。近くにあった神社の手水舎からひしゃくで水をすくってくれた。
「これで冷やせ」
「あ、ありがとう」
 私はひしゃくの水で手を濡らし、額をぬぐった。血は出ていないみたい。
「あー!」
「どうした、大きな声を出すな」
「ごめんなさい。さっきの屋根裏にピアス落としたみたい」
「ぴあす?」
 私は、自分の耳にピアスがついていないことに気付いた。
「元カレにもらった大事なものだったのに」
「もとかれとは何だ?」
「付き合ってた男ってこと」
 ニンジャはわかるようなわからないような顔をした。
「大事なものなら、今度潜入したときに探してきてやろう」
「ほんと? ありがとう」
「今日の任務は終わりだ。ねぐらへ戻る。お前はどうする?」
 どうすると言われても、ここがどこなのかもわからない。そういうとニンジャは「では、うちへ来い」といって、歩き出した。
 暗い通りを歩いていると、黒猫が横切った。
「あ、猫!」
 私が追いかけようとすると「あれは陰陽道家の使いの者だ。追ってはならん」とニンジャにたしなめられた。オンミョウドウって何だろう。屋敷の並ぶ通りを抜けて、森に入った。森には川が流れている。じめじめしていてちょっと怖い。
「ねえ、ちょっと歩くの早いよ」
 ニンジャに追い付こうと小走りすると、川からザバリと何か出てきた。
「いやあ!」
「大きな声を出すな」
「何か、そこに……」
 川には、ぬらりとした何かがいる。
「ああ、なんだ。河童じゃないか。おどかすな」
 ええ? 河童に驚かない奴いる? ニンジャの世界では当たり前なのかな。私は川で泳いでいる河童に軽く会釈をして、また歩き出した。
 ニンジャの家は、小さな小屋だった。
「こんなもんしかないが」
 そう言って、ニンジャは鍋焼きうどんを作ってくれた。知らない野菜の入った不思議なうどんだったけれど、熱々で美味しかった。
「ありがとう」
「一杯どうだ」
 ニンジャは大きな瓶を持ってきた。
「なに、それ」
 私は小さなコップに注がれたそれを一口飲む。
「待って、これお酒じゃん」
 それは、いつも父親が飲んでいる日本酒のようなニオイがした。
「私、未成年なんだけど!」
「みせいねんとは何だ?」
「まだ子供ってこと」
「そうか。お前はまだ子供なのか」
 なぜかニンジャは寂しそうな顔をした。
「まだ高校生だよ」
「こうこうせいが何かわからないが、美しいおなごだと思ったのだ。嫁に、と思ったが、無理なんだな」
 私は、お酒のせいだけじゃなく頬が熱くなった。
「初めて会う人に何言ってんの」
「月光の下で見たお前は美しかった」
 私は黙った。一人でお酒を飲むニンジャは、ちょっとかっこよかった。でも、私は現代に戻りたい。
「ごめんね、ニンジャ。私、たぶんこの時代の人間じゃないから」
「ああ、おそらくそうなのだろうな」
 きっともう、永遠に会うことはないと思った。
「ぴあすとやらは、お前に返せそうにないな」
 私まで寂しい気持ちになる。初めて会った人なのに、しかもニンジャなのに、変なの。外ではフクロウがホウホウとうたを歌っている。それは、たぶんニンジャの知らない、私の好きな歌に似ていた。

「カーーット!」
 僕はカチンコを鳴らす。いい。すごくいいぞ。ヒロインの表情も素晴らしいし、ニンジャの演技も最高だ。久しぶりに大ヒットの予感だ。映画「ニンジャの恋」は、僕史上最高の映画になるぞ!

「休憩戻りました~ありがとうございます」
「おつかれ」
「なんかありました?」
「103号の佐藤さんがまた大きな声出していたよ」
「カット! って言ってました?」
「ああ、そうそう。職業せん妄かね」
「そうだと思います。若い頃、映画関係のお仕事なさっていたようですから」
「アルコール性の認知症によくあるもんね」
「そうですね」
「さあ、残りの夜勤も頑張りますか」
「朝まで平和でありますように~」


【おわり】

使用したお題
「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」「ピアス」

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