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小説:いつかきっと大輪の花を【2500文字】

 河童の着ぐるみを着て熱々の大盛り鍋焼きうどんにチャレンジするって、どんな番組だよ。深夜番組だけど地上波だからって今日のために新調したピアスは河童の頭に隠れて見えない、どころか、耳がこすれて痛い。こんなことならつけなければ良かった。しかも、こんな格好で体張ってるのはグループであたしだけ。ゲスト席には同じグループのメンバーがかわいい衣装を着て座っていて、あたしを見て笑っている。あたしは、どうしてあっち側じゃないんだろう。
「画替わり欲しいんでいろんな表情してね」
 DなのかPなのか知らん大人があたしに言う。
「はい」とは言うものの、全然乗り気じゃない。
「はい、じゃ、はじめまーす」
 大人がキューを出して、収録が始まる。あたしの目の前にぐつぐつに煮えたぎった大盛りの鍋焼きうどんが運ばれてくる。まじかよ、すげえ量。しかたなく、なんとか笑顔に見える顔を作って「いただきまーす」と大きな声を出す。熱々大盛り鍋焼きうどんをずるずるっと啜る。あっーーーーっつ! 思っていた100倍熱い。なんなんこれ。口ん中ヤケドするだろ!
「熱かったら手をあげてくださいね~! メンバーからお水をもらえますよ!」
 熱い、と手をあげると、メンバーの一人が私にひしゃくで水を飲ませてくれる、という変な謎ルールがある。私はあまりの熱さにさっそく水を欲しがると、メンバーがひしゃくに水をすくった。それを見て、即座にカメラの横でカンペが出る。
【顔にかけて】
 ふざけんな! と思うけど、メンバーは顔にかけるよね。そりゃそうだ。こればっかりは、メンバーは責められない。びしゃりと濡れたあたしの顔。どっと笑いが起こる。番組的には成功なのかもしれないけど……あたしがやりたかったアイドルって、これじゃない。
「ここで特別に、アイスティの差し入れです~!」
 MCアシスタントの女子アナが楽しそうに宣言する。あたしの目の前に置かれたグラスは真っ赤で、どう見ても紅茶の色じゃない。激辛ドリンクの色。わかっていてもリアクションをとるのが今のあたしの仕事。これも、しゃーない。
「アイスティ、いただきまーす!」
 明るく聞こえるように言って、グラスを一気に飲み干す。
 かっっら!!! バカじゃねーの。からい。いくらなんでもからすぎる。喉が焼けるように痛い。熱さと辛さがあいまって、頭おかしくなりそう。キーンと耳鳴りがして、音が聞こえなくなった。やばい。限界かも。もうこの仕事、やめようかな。
 
 あたしはまるで、深海にいるようだ。水圧と暗闇で身動きがとれない。大人からのプレッシャーと自分のやりたいことが違いすぎる。箸が止まっている自覚はあった。表情も真顔だろう。でも、もう嫌だ。自分の中の何かがプツンと切れるまでの、永遠にも思えた数秒をカウントしているとき、小さな声で「頑張って」と聞こえて、ふっと現実に引き戻された。男の人の声だった。
 
 あたしは、熱々大盛り鍋焼きうどんをなんとか完食した。胃ははちきれそうに満腹だし、涙と鼻水で顔汚いし、汗だくでメイクもぐずぐず。地上波の全国ネットだから受けた仕事らしいけど、個人的には深夜のローカルでも流してほしくない顔だ。
「はい、オッケーでーす」の声にカメラが止まる。あたしは、ずびーっと鼻をかむ。
「もう少し笑いとれないと、次呼べないからね」
 誰だか知らん偉そうな大人に言われる。それなら呼ばなくていいです、とは言えず「すいません」と頭を下げてスタジオを出た。
 
 着ぐるみを着替えて楽屋へ戻ると、メンバーたちがきゃあきゃあ騒いでいる。何かと思ったら、共演していた人気イケメン俳優の知念力輝が楽屋に来ていた。みんなサインをもらったり、一緒に写真を撮ってもらったりしている。
「うたもサインもらえば?」
 メンバーの一人が余っていたらしい色紙を一枚くれた。
 もうこの仕事をやめるのなら、知念さんに会える機会なんてないだろう。あたしはボロボロのメイクも直さず、色紙を持って知念さんに近づいた。
 ああ、きらきらしている。主演映画は軒並み大ヒット。CMもひっぱりだこ。去年は大河ドラマでも話題になり、ハリウッドデビューも噂されている今一番注目の俳優さんだ。今日のバラエティーだって、番宣がなきゃ来なかっただろう。
「サイン、いいですか?」
「もちろん」
 知念さんがにっこり笑って、お高そうな万年筆をジャケットのポケットから出してサラサラと色紙を書く。あー対応も紳士。顔よし、演技よし、性格よし、チャンスにも恵まれるスーパースター。まったく人生は不公平だ。これで足が超臭いとかだったら少しは緩和されるのにな、とか思うけど、知念さんからは爽やかな良い匂いがする。ああ、人間って不平等。
「そうだ、君に見せたいものがあって」
 そういって知念さんはスマートフォンを取り出して、あたしに見せた。そこには、モアイ像の着ぐるみを着て逆立ちしている人がいた。
「え、何ですか」
「これ、下積み時代の僕」
「え!」
 今の知念さんからは想像もつかない姿だった。
「演技派俳優目指して事務所に入ったのに、もらえる仕事はこんなんばっかり。体を張る仕事を馬鹿にしているんじゃないよ。でも、僕がやりたいこととは違う、と思ったよ。これ、逆立ちしているでしょう? 口元良く見て。ストローくわえてるの、わかる?」
 知念さんが画像を拡大する。たしかに何か細いものをくわえている。
「これね、日本酒飲まされてるの。罰ゲーム。僕、お酒苦手なのに。今じゃコンプラ案件だよね」
 知念さんは笑った。
「じゃ、頑張ってね」と言って色紙を返してくれる。
「あ、ありがとうございます」
 軽く手をあげて知念さんは楽屋を出て行く。その爽やかな姿を見送って、少しの間ぼーっとした。もしかしたら、苦しい暗い深海から、あたし今少し浮上したかもしれない。色紙を見ると、サインの横にきれいな字でこう書いてあった。
【下積みの苦労知る人春爛漫】
 あたしは色紙をぎゅっと胸に抱く。
 もう少し、頑張ってみようかな。

【おわり】

使用したお題
「河童」「鍋焼きうどん」「ピアス」「ひしゃく」「紅茶」「深海」「永遠」「うた」「万年筆」「モアイ像」「日本酒」「念力」《和歌、俳句の使用》

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