「倦怠感の原因について」2021年5月12日

RPGの勇者はどれだけHP・MPが削られていても、一晩宿屋でぐっすり眠れば次の朝には全回復している。

だが実際の人間は睡眠をとっただけでは全ての疲労や傷が癒えるわけではない。最悪の場合、昨夜より今朝の方が具合が悪いなんてことも往々にしてある。

今朝の私がまさにそれだった。朝、目覚ましのアラームに起こされた瞬間、「あ、今日はダメな日だ」と直感的に悟った。昨夜は好きなギャルゲーをプレイして感動し、心地よい気持ちで眠ったというのに、朝起きたらひどい倦怠感に襲われていて、仕事をずる休みしようかと本気で思ったほどだ。

扇風機を付けっぱなしで寝たから体が冷えてしまったのだろうか。それとも昨日のギャルゲーの展開があまりに衝撃的で、それが尾を引いていたのか。それにしてもこの倦怠感はひどい。業務時間の唯一の楽しみである昼飯さえ食べずに昼休みを惰眠で費やしてしまったほどだ。

それから現在に至るまで、私はずっと倦怠感に襲われたままでいる。業務時間中、自分が何をやっていたのかさえまるで覚えていない。それほどボーっとしていたのだ。激務の合間にボーっとするのは休憩だが、特に忙しくもないのに漫然とボーっとするのは体がふやけていくようで不愉快だ。

さすがにおかしいと思いGoogleの検索窓に「倦怠感」と打ち込んだら一番上のサジェストに「コロナ」と出てきてゾッとした。

なんでもコロナの初期症状に強いだるさ(倦怠感)も含まれているらしい。咳や高熱などの風邪みたいな症状が出ることはもちろん知っていたが、まさかのまさか。やば、本格的に体がだるくなってきた。

こうして病気の可能性を突き付けられた途端、どうして人は本当に具合が悪くなるのだろう。「病は気から」という言葉は本当なのだな。私はそう思った。


「それだよ君」

なにがだ?

――彼女の話し始めはいつも突拍子がない。

「『病は気から』。それこそ君の倦怠感の原因だったのだよ」

どういうことだ。説明してくれ

「君のもとに昨日、病院からある書類が届いたね」

ああ、4月に受けた会社の健康診断の結果表だよ。カナエにも昨日話したじゃないか。

「昔から君は健康優良児だった。健康診断でひっかかったことは一度もなく、塾に通う小学生の通知表よろしく毎年オールAを記録していた。だから今回も大丈夫だと高を括っていた。そうだね?」

ああ、1年でそこまで人の身体は悪くならない。封筒を開くまではそう思っていた。

「だが結果は惨憺たるものだった。”血液一般 D1” ”肝機能 D2” "総合評価 D2"。D1は要治療、D2は要精密検査という意味だ」

…………

「そして極め付きは”メタボリックシンドローム”。昨年の健康診断でも君は医者に『メタボぎみだ』と診断されていたね。『ぎみ』だから結果には残らなかったものの、この度めでたく立派な病名として刻まれてしまった」

コロナが悪いんだ。コロナでテレワークが常態化し、出勤という運動の機会が失われた。外で遊ぶこともままならず、食事だけが唯一の楽しみだった。そりゃメタボにもなるさ。同情しろなんて言わない。でも、せめてこの気持ちだけは分かってほしい。

「見苦しい言い訳だね。いかに享楽的に生きているかがよく分かるよ。まあいい。ボクも時間がないんで結論を急ぐよ。かくして長年守り続けてきた健康神話は君の自堕落な生活のせいで脆くも崩壊。君は不健康の烙印を押されることとなった。ここまではいいかい?」

ああ

「そして君は自覚せざるを得なくなった、自分が病気であると。君自身がさっき言ってたね。病気の可能性を突き付けられると途端に具合が悪くなるって。それと同じことが今朝も起こったんだよ。今回は可能性というより、事実病気なのだけどね」

つまり、健康診断の結果で自分は病気だと知ってしまったことが、今朝の倦怠感の原因だと……

「まとめると、そういうことになるね」

病は気から……つまりそういうことか

「物事とはかくも単純なものなのさ」

そうか……

「…………」

……なあ。

――俺は藁にも縋る思いで彼女に救いを求めた。

俺はこれからどうすればいい?

「その倦怠感から逃れる方法は3つある。1つ目は過度な食事を控えること。2つ目は適度に運動すること。そして3つ目は、その両方を毎日続けることだ。できるかい?」

できる、と断言はできない。でも、やるしかないんだろ?

「無理強いはしない。君次第だ」

……少し、頑張ってみるよ

「そうかい」

だからさ、カナエ

「ん?」

あっちの世界に行っても、俺を応援してくれるか?

「草葉の陰から見守っているよ。それじゃ」

あ、待ってくれ。ひとつ教えてくれないか?

「なに?」

確かにカナエには健康診断の結果は教えた。でも、メタボのことは恥ずかしくて隠していた。なのに、どうしてカナエは俺がメタボだって

「そんなの、わかりきってることじゃないか」

――彼女はそういうと、俺の猛烈に出っ張った腹を指さし、不敵に笑った。

「クソデブ」

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