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第二章 思いやる気持ちを妨げるコミュニケーション③ 〜「べき」が思いやりを遠ざける〜

NVCの本に沿って書いていくシリーズ第六回目。

NVCとは、思いやりを持ち、お互いが大切にされて、心の底から自然に相手に何かをしたくなる関係性。

これまで「道徳」と「比較」を持ち出すと、この関係性が難しくなる、というお話を書いてきました。

今日はその続きで3つ目「責任回避」について、お伝えますね。

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《③ 責任回避》

「自分の責任を回避しようとする」

それは、
「自分の思考や感情、行動は自分に責任がある」
という自覚を鈍らせてしまう



自分の責任を回避するって例えば???

「部屋は掃除せなあかんもんからしたんや」
(あいまい、誰のものでもない力のせいにする)


「わたしがお酒を飲むのは、アルコール依存症だから」
「わたしが田舎育ちだから、都会の人がバカにしてくる」
(診断結果や、精神病の病歴、個人の育った背景のせいにする)


「あんたが先生の言うこと聞かへんから、お母さん怒られたやんか!」
「旦那が稼いでこーへんから、わたしも働かんとあかんやん!」
(他人の行動のせいにする)


「社長がしろっていうからそうしたんです」
(権威側からの指示のせいにする)


「タバコを吸ったのは、みんな吸ってたから」
(集団の圧力のせいにする)


「校則違反だから、停学処分にする」
(組織の方針、規則、規定のせいにする)


「専業主婦だから家事は全部しないといけない」
「もう7歳なのにこんなこともできないの!」
(社会的役割や、性別の役割、年齢の役割のせいにする)



「我慢できずケーキを食べてしまった」
(抑制のきかない衝動のせいにする)


うんうん、日常あるある。。

(わたしはこれらの言葉にも大切にしていることがあるのが聴こえてくるし、共感を送りたくなるんだけど、今日はそれは一旦置いておいて。。笑)


マーシャルはこれらは、
まるで他に選択肢がないような言葉
を使っている、と言う。

本書では、料理をしたくないお母さんが20年嫌々料理をし続けている、という事例が出されていた。

「料理が大嫌いなのに作らないといけない、どんなに体調が悪くても作らないといけないだ。やりたくなくてもやらないといけないことはある!」

と。

NVCのワークを受けたあと、彼女は家に帰ってから、料理はしたくないんだと家族に伝えた。

すると、数週間後にマーシャルはその母親の子供たちに会う機会があったんだけれど、息子は「助かった」と答えた。

なぜなら「食事のたびに、母から文句を聞かずに済む」と思ったからだと。


他にもわたしの場合、母親が専業主婦で、家事や育児を全部自分がしないといけないって思っていた。

「わたしは仕事をしていない。専業主婦だから家事育児を働いてくれている旦那に負担をかけてはいけない。旦那が仕事に行っている間は、家を守るのは女の仕事だ。」

みたいな感じで。

でも果たして本当にそうだろうか?

専業主婦だった母親の影響は少なからず受けている。でも時代とともに子育て環境はガラリと変わっている。地域で子育てから、今は孤独育児・ワンオペ育児・育児ノイローゼ・産後うつなどが広がる世の中になっていて。

わたしは限界に来るまで「言わなくても気づいて。。」って心で叫んでいた。でも、夫はなにも言わないから問題ないんだ、とずっと思っていた。

そらそうだ。夫も男性が育児をしない時代に育ってきているのだから、そう思うのはとても自然なことだ。子供の頃に「私たち地域で子育てしてもらってるなぁ」なんて感じながら成長している子も少ないだろう。

だから、頼った時に「お、いいよ!」と、とてもすんなり受け入れてくれて驚いた。それでもわたしはまだまだやっぱり仕事をしている姿を見ていると、頼れなくなることもたくさんあるんだけれど、ゆっくりバランスを取りながら育んでいきたいと思う。


そして、話を戻すと、やはりそこには、

「やるべき」
(料理は作るべき)

「こうあるべき」
(主婦はこうあるべき)

「〜しなければならない」
(頼らずに自分でしなければならない)

という、あたかも最初から選択肢のないような感覚を持っているということに、気づいておきたい。そして、本当は他にも選択肢があるということを認め、そんな言葉を探してみること。

こうした「わたしはこうあるべき」「あなたはこうすべき」というエネルギーから言動は、

自分にも相手にも、心から「思いやり」を持ち、お互いが大切にされて、心の底から自然に相手に何かをしたくなる関係性は、難しくなるなぁって。


本書では、こういう言葉も書かれていました。

「人類が地上から姿を消すことになったら、それは現代人の従順さ、責任感の欠如、あらゆるつまらない決まりをたいていはおとなしく受け入れるところに原因がある。」(ジョルジョ・ベルナノス)

(本文よりかなり短くしています。また本書も開いてみてくださいね♡


ということで、今日は、思いやる気持ちを妨げるコミュニケーションの3つ目、「責任回避」まるで選択肢がないような言葉「べき」が思いやりから遠ざけてしまうよね、というお話でした。


今日は、あれ?これって「べき」じゃない?と、フッと立ち止まって気づいてみるハートフルな一日を一緒に過ごしてみましょ♡

NVCの本にそって書くシリーズ、
次回は思いやり持つことが難しくなる4つ目の要素、
強要」ついて。


では、また明日ココで♡

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