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過去はそう簡単には乗り越えられないよねって話
中高時代の模試の結果、検定の結果、良い点数のテスト、小学生の時の日記。
過去に未練を残したくないからそろそろ捨てようかなと思って、久々に開いてみた。
だけど無理だった。当時の負の感情と情景がドッと蘇ってきて、一気に苦しくなった。
これらは全て、当時葛藤の最中にあった自分がその苦しさや不安から逃れるためにすがっていたモノたち。「自分」を何とか保つために、死に物狂いで勉強して良い点数や成績という数字に頑なにこだわり、それだけに自分の生きている価値を求めてた。今となってはバカバカしいけど、それがなくなったら自分には生きる価値がなくなると思ってた。
だけど中高6年間もかけてやっとやっとそれを乗り越えて、もう数字が全てなんて思ってないし、良い数字にすがる必要もないと思ってる。
だけどね、過去のテストや成績を見返した瞬間、鮮明に蘇ってきたんだよ。今でも息が詰まって涙が止まらなくなるほど、苦しかった記憶が。
やっぱりまだ乗り越えられてないんです。自分のことも過去のことも受け入れられてはない。
スッキリ潔く、そんなこともあったねなんて笑い飛ばせない。苦しい苦しいまだ苦しい。助けて、ここから抜け出したいって思ってる。
ながーい年月をかけてまだたった一つの山を越えただけ。まだ乗り越えようとしている途中なのに、先走って乗り越えたことにして、次の新たな人生のステージに行きたかったらしい。端的に言えば、乗り越えたと前を向いているつもりなだけで、根本の問題やトラウマから逃げてるようです。
現に、久しぶりに会った私の過去を知る人に内面のことを聞かれたとき、本当はもっと話すべきことと聞いてほしいことがあるのに、何となく核心をつくようなことは話せなかった。元気に取り繕って、問題なく順調に進んでるよ、しんどい時も時々あるけどまあ何とかうまく行ってるよってことにしたかった。自分が向き合うの怖かったから。だって表面化させなければ、今の生活には直接関係してるわけじゃないしね。もっともっと心の奥底の感情の部分の問題だから。
(でもちゃんと言えなかったのちょっと後悔で悶々としてる。)
だからまだ今は捨てられない。乗り越えられていない苦しいままの今捨てたら、多分きっと私は過去から目を逸らすことになるから。一生自分の中にそれを封印して、心の奥底で過去を引きずったまま、本来の自分になりきれないまま、空虚なまま、この先の人生を送ることになってしまう気がする。
過去をなかったことにはできないの。辛くても苦しくてもどんなにカッコ悪くても正々堂々ちゃんと向き合って、決着つけなくちゃ、私は前には進めないのよ。
ということで、あえて自分の中のわだかまりが完全になくなるまで取っておくことにしてみます。
穏やかな気持ちでこのテストたちを見られるようになったら、涙が出なくなってもう大丈夫って思えるようになったら、その時に潔く処分しよう。
まだまだ越えた大きな山はたったの一つ。負けるな、逃げるな、真っ直ぐじゃなくてもゆっくりでも立ち止まっても時々は目を逸らして後ろにでも良いから、進もう。
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