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黒い果実(1)

「消えてくれればいいのに」
何度心の中で思ったことだろう。
実際にいなくなられては困るし、口には出さない。

けど…

家事をする私を横目にゲームをしている夫
犬の世話も子どもの世話も大してしないくせに、私のすることにいちいち口を挟む夫
喧嘩をして散々嫌な気持ちにさせておいて、いびきをかいて寝ている夫
私の表情を勝手に解釈して「何怒ってるの」「どうせまた浮気を疑ってるんでしょ?」という夫
今日だってそのことで喧嘩になってグラスをぶん投げたくせに
この時間までイビキをかいている。
私は悔しくて眠れなかったのに。

こんなときに胸にドス黒いものが湧き上がる。
もうとっくに色々諦めて、「夫」ではなく「子どもの父親」と割り切ったはずなのに。

20年前。
役者志望だった私と夫のタカシは役者の養成所で出会った。
当時はお互い別の人のことが好きだったが、
クラスが別れてからも定期的に同期達と会う機会があり、
そこから仲良くなり、交際が始まった。

親との折り合いがあまり良くなかったタカシは、
付き合って程なく、私が一人暮らししていたアパートに転がり込んできた。

私と付き合い始めてからも、タカシは好きだった人のことが忘れられないのは薄々気づいていた。

タカシが一度実家に帰ることになったある日
彼がパソコンを忘れていったのを見つけた私は
出来心でメールを見てしまった。
当時流行っていたポストペットでやり取りされているメールの中に彼女の名前を見つけた。
鼓動が早まる。

「いつか」というタイトルで
「またいつかマユちゃんと二人で出かけられたらいいな。なんて。」

やっぱり諦めてないんだな。
メールなんて見るもんじゃない。
もやもやしつつもパソコンを閉じた。

マユちゃんも同期でタカシは2回告白して振られたと聞いている。
そしてマユちゃんは私が好きだった人と付き合っていた。
フッた二人とフラれた二人だが、同期の中でもとりわけ仲が良かったので
こちら二人が付き合ったことを心から喜んでくれていたし
その後も何度もこの四人を含む同期達で遊んだりもした。
マユちゃんの返事は「お互い付き合ってる人がいるんだからそれはないかな」
とやんわり諭してくれていた。

私は胸の中に黒い雫がポタリと落ちた気持ちだった。
「このままタカシと付き合っていて良いのだろうか」
そんな思いがぐるぐると巡り始めた。

(つづく)

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