記憶の引き出し
8月にしてはやや涼しい風と、いつもより湿気の多い空気が重なり合った朝の匂いは、
夏休みにプールの補習に行かなければいけない日を思い出させる。
今日水温低そうだし、中止にならないかな、とかそんなことばっかり考えてた中学生の夏の朝の匂い。
夏が本番になると流れ込んでくる、蚊取り線香と、道端の水撒きの匂い。
秋が深まると、街中に咲く金木犀の花と、枯れ葉と、焼芋と、文庫本の匂い。
冬になれば、痛い程鼻に抜ける冷たい風、温かい珈琲、コンビニのおでんの匂い。
春がやってくると、干したての柔らかい布団、ピクニックのお弁当、田んぼの水入れが始まった匂い。
地元の友達と行ったカラオケボックス、銭湯の脱衣所、おばあちゃんの家の煮物、夢の国のポップコーン、満員のライブハウス。
道ゆく人たちの中に紛れていて思わず振り返ってしまった、好きな人と同じ香り。
過去の出来事と共に焼き付いた素敵な匂いは、鼻の奥で微かに覚えてる匂いを感じようとした時に、記憶の引き出しが少しだけ開いて、切なくて愛おしい気持ちになります。
1年後か、何年後か、久しぶりに夏祭りの屋台の匂いを吸い込んだ時には、どんな気持ちになるだろう。
凜