美容師
どんよりとした曇空。どこか不確かな足取り。湿気でくちゃくちゃの髪。鉛のように重いこころ。理由なんて分からないけど、何もかもがダルい。視線を左に右に、前に後ろに向けてみる。おかしい。雲ひとつない快晴が広がっている。その空の下をスタスタと人が歩いていく。キレイ。カッコイイ。みんなキラキラしている。もう一度、視線を真上に向ける。はあ、自分が情けなくて嫌だ。時間は無表情に冷酷に淡々と過ぎていく。今日も冴えない1日が始まった。
このような経験は、誰もが一度はしたことがある経験だろう。そしてそのことを理解していない人はいないだろう。他人との比較癖があまりなく、どうにかなるさ精神で生きている私でも。何かと比べていては自信を失い自己嫌悪に陥っていた、なんていうことは、実はよくある。しかし大抵の場合は、見た目に投資することで晴れやかな気持ちになり、気が紛れているものだ。良質でお高めのコスメを買ってみたり、新しいお洋服やスニーカーを買ってみたり、そして美容室に行ってみたり。少なくとも私にとって、容姿への投資は、漠然とした原因Xにより精神的に暗くなってしまった時の「お薬」であり、自分への自信を失わないようにするための「サプリメント」なのだ。
先日とあるツイートが一部の*女の子から支持を受けた。やっぱり美容の持つ本当の凄さや魅力を再確認した瞬間であった。多くの人を精神的に支えている美容業界で外せない職種といえば、「美容師」だろう。髪の毛が、私たちに与える影響はすごい。少し整えるだけで清潔感が増す。定期的にメンテナンスをすれば魅力が増す。そして髪の毛を整えたあとは気分が高まる。しかし「美容師」が生きる世界は、そのような美しさとはかけ離れた搾取の世界だった。
私には、1年半以上お世話になっている美容師さん(以下Sさんとする)がいる。Sさんは独立され、営業から経理まで全てをおひとりで回されており、【定休日は無し、対応時間は8:00〜23:30(時間外も対応可)】という人間離れした働きっぷりだ。そんなSさんのプライベートといえば、それはそれは華やかという言葉がよく似合う。インスタグラムでは高級レストランでの会食やスーパーカーに乗る様子、ご両親へのリゾートホテルの宿泊のプレゼントの様子などをよく共有していらっしゃる。全く嫌味がないから思わず見入ってしまう。自分のやりたいことを極め突き詰めて手に入れた成功と、現状に満足することなく走り続けるその姿は、社会人としての未来が不確かな私の目には、憧れるべき像であった。
数日前、２ヶ月ぶりにお世話になった。Sさんは私たちが思い描く「大阪人」そのもので、日常会話そのものが全てコントを聞いているかのように面白い。そんなSさんが、ふと声のトーンを下げて話し始めた。「俺、インスタ全部変えようと思ってるんよね。髪の毛のことばかりをあげるんじゃなくてプライベートのことも投稿しようと思う。」全く異なる世界の第一線で活躍されている方の人生そのものに強い関心がある私は、純粋な物知りたさに心をあずけ、Sさんの話に惹きつけられていった。
３Bって知っている？バンド、バーデンター、美容師。社会的地位が低いとされている職業。40〜50年代の美容師が作り上げた搾取世界の結果や。若手をコキ使って得た売り上げを搾取する。だから**美容師の年収は低い。美容師というと、哀れみと蔑みを含めた「大変ですね」という言葉が必ず返ってきた。若い子が美容師を志すか？若い美容師が、将来に希望や夢を持てるか？俺は、そんな美容師という職業でもちゃんと稼いでやりたいことが出来て華やかな生活を送れることを、美容師志望や若い美容師に発信することで、夢を持ってもらいたい。美容師の可能性を伝えたい。搾取構造を作ってきた美容師に、社会的地位を貶めた美容師たちに見せつけたい。
知らなかった搾取構造。知らなかった社会的地位の低さ。
美容師の賃金を上げろ！と言いたいのではない。人一倍の努力を重ね結果を出した者が、結果を出さなかった者に比べ、高い報酬を得るのは理にかなっている。しかし、誰もが自分の夢を純粋な思いで全力で追えるような社会であってほしい。そう強く思う。挑戦をして失敗をし結果が出ないのと、挑戦を躊躇わなければならずに結果が出せないのとでは、わけが違う。私たちは、働かされるために産まれてきたのではない。私たちは、自分の人生を自分らしく歩むために産まれてきた。そして、成功を収めた者が妬まれるのではなく、純粋に称賛される世界であってほしい。そのような未来を創りたい。
だから私は、美容院で伺ったSさんのお話を文字に起こした。
*女の子：身体性、性的指向、性自認、表現性の4つが女性よりである
**美容師の年収：2022年7月現在の美容師の平均年収は３３１万円である
求人ボックス給料ナビ, 美容師の仕事の年収・時給・給料(求人統計データ). 2022/07/29
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